2019年11月2日土曜日

本祭り

沸かし直したお茶を啜り、見るでもない番組に母と目を遣りながら、時間の経つのを暫く待っていたが、11時を回ったのを確認しながら腰を上げた。結構なテレビの音量にもかかわらず座椅子から炬燵の中程まで腰を滑らし、だらしなく口を開けて寝ている父を揺すって促すと、隣の部屋で仮眠している妻にも声をかけた。本祭りに田舎に帰ったのは何年ぶりだろう。放っておけばそのまま朝まで寝てしまうだろう二人に声をかけて、予定していたように村にひとつの神社まで神楽を見に行った。目と鼻の先にある神社だが滅多に足を運ぶことはない。子供の頃は、境内への真っ直ぐな道なりに何本も高い幟がはためいていて、歩きながら一つ二つと見上げる毎に祭りの高揚感は増していったものだ。花代の寄進にだけ足を運ぼうとしていた父は、初めて神楽を目にする嫁に付き添う格好となり、結局演舞見学を二つ三つ付き合ってくれた。奉納殿に入ったときはまだ四神を舞っていて客はちらほらだったが、次の八幡の題目が始まるころには周囲は一通り埋まっていた。人気のない寒村の社に一体どこから集まったのだろうか。舞子が器用に回転する毎にナフタリン臭い煽り風が頬をなでる。子供の頃舞を見ながら味わったその時の感情が一気に蘇る。古い破れ幕が降ろされ煙幕筒が焚かれた。煙と火薬の刺激臭が奉納殿に広がると囃子の調子は一気に加速し、それを合図に幕の背後から銀糸金糸の衣装袖を広げた鬼が現れる。幕を挟んだ鬼と成敗者との駆け引きがこの題目の見せ場だ。大太鼓と小太鼓の八拍子バチを腹に響かせながら、妻は食い入るように初めて目にする舞いに見入っていた。この田舎の精霊は遠い昔と変わらずこの地に宿り、今年も奉納舞に誘われて、舞う者と見る者達の高揚感にその影を現している。

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