2024年3月30日土曜日

今日の想い 1290

 会長はメディアの前で、教会や食口に対して起こっている差別的状況を伝えられた。声を荒げたり感情を表に出されることもなく、それこそおとなしい語り調で粛々と教会や教会員への地域社会からの差別的案件を羅列しておられた。御本人が人格者だから自らを制してそうなのか、それとももはや感情を表に出せる状況を超えているからなのか、その両方なのかもわからないが、会見会場にいたメディアの面々がその報告を受けてどう思ったのだろう。誰もが大変だろうなとは感じたはずだが、メディア村で生きる限りは彼等の良心は無視されて今まで以上にあげつらう仕事に邁進するのだろう。教会は解散ならずとも既に反社の焼き印は押されてしまった。食口にとっては大患難時代の到来であり、そうなると艱難を避ける為に取るであろう大移動時代の始まりが見通せる。内的にはH1に行く者、H2に行く者、そして教会を離れる者、信仰は捨てずとも隠れ食口に生きる者、それぞれの道を選択するのだろうが重要な点は上から言われるのではなく自分で、自分の良心と相談して選択するということだ。かつてこれほどの状況変革が食口達にあっただろうか。艱難時代によって良心時代が起こり、と同時に外的には大移動時代が始まる。そしてここからが摂理観の視点に立つと見えて起こり得ることなのだが、日本の国民自体が大移動時代に突入していく。受動的であった日本食口が自らの良心に立つ新たな主体的後天時代を生きるように、日本国民は日本の国を潰しかねない政権に従う受動的立場から、早々に認識した者は国外避難するのであり、見遅れた者或いは土地を愛するか執着する者は闘わざるを得ない、すなわちどのみち主体的立場に立たされるだろう。日本国民は、自らの雛形である日本食口を艱難に追い遣ることで、将来の日本の艱難の種を蒔き、追い出して移動させることで将来の流浪の民となる種を蒔いている。しかし表面的には流浪の民となるにしても、或る意味日本の精神文化の宣教師となる神の摂理が伺える。ちょうどユダヤ民族が追われる身となってあらゆる土地に移り住み、移り住むことで彼等の精神文化を植え付けたように、、。

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