2007年10月26日金曜日

マネージメント

店を経営していく上に於いて四つのテーマがある。経営課題として雇用、資金、立地、教育と大きく分けられる。雇用はオペレーションに直結し、資金は展開、立地は売り上げ、教育はマネージメントにそれぞれ直結する課題である。今ある既存の店でどんなに奮闘しても売り上げはある程度決められている。売り上げの二倍化という号令が出てそれを本当に実現したいのであればそれなりの立地に店をつくるしかない。それはそうだがと言いながら今ある店をいじくろうとするのは責任あるものの覚悟が無いだけの話だ。経営に於いて何を優先順位にすべきかというと教育である。この課題は直ぐに結果が出るものではないので後回しにされがちだが将来を見据えた経営を思考する経営者なら最も力を注ぐ課題である。経営者自身がどれほど自分の店に責任を感じ、思い入れがあり、アイデアを出したとしてもそこには限界がある。自分を超えることは無い。しかしそういった内容をどれだけ従業員に伝えるか波及させるかで店や組織の力は大きく様変わりする。経営者の店でしかなかったものが経営者以上の店となりそれ自身が大きくなる力を持つ生きた存在となる。子供が大きくなって自分を超え逆に子に教えを請う立場になる親と同じだ。店は儲けるところではなく人を育てるところという理念がすっと入るとその想いでひとつひとつの動きを見直していく。そうしながら従業員の中に機械モードから創造モードへと少しずつ培われていく。作業要員としてではなく成長を願われている一己の人格として見なされていると自覚するからだ。中々いい従業員が入ってこないとぶつぶつ言う前に今ある従業員にどういう思いで接しているかを見直す必要がある。ひとつひとつの人格として接し感謝し敬う想いがあるか。どれだけ店や周りの人々にお役に立っているかを伝えたことがあるか。最高の人材は今いる従業員のなかにいる。

雑談 盛岡近郊での話

何か寄せ付けようとしないこの感覚は何だろう。盛岡から程近い国道沿いに、古い農家の屋敷が並んでいる。手にした番地を確認しながらその家に辿り着いた時そう思った。御影石の立派な門柱には不釣合いな雑草だらけの庭があり、その奥に寄棟風造りの立派な家がたっていた。それまで寝起きする場所を転々としてきたが、今までの趣とは明らかに違う住居だった。最初の印象はそれとして、忙しい生活に没するとさして目新しいこともなく毎日は過ぎていった。何となく湿っぽい風な感じはしていたが、不便もないし住めば都、それなりに快適だった。ただひとつ気になることはあった。金縛りによく逢う。それまでも時々自分の身に起こってはいたが頻度が多すぎる。それほど深くも考えなかったがそういった朝は疲れが結構身に残った。二階造りになっていて、上の階は女性が使っていた為に間取りは分からないが、下は七つはあったと思う。玄関を入ると真っ直ぐ廊下が伸び、突き当たりを右に曲がると小部屋が二間ある。手前は納戸として使われその隣は仏間だった。仏間とわかったのは後の事で私が入った頃はまだしっかりと錠が掛けられ開かずの間となっていた。何か訳ありのようだが気にも留めなかった。月末になると集金の為に皆は地方の支店に分かれる。自分の担当は市内とこの辺りだったのでひとりでこの家に居残ることになる。そうなると金縛りに逢う頻度は高くなる。ある時、展示会が催される為に商品搬入の人達が仙台からやってきた。住所を頼りに来たがなかなか見つからなかったらしく交番に尋ねたらしい。家について一服したところで、実は、、、と彼らのひとりが切り出した。交番で住所を見せるとその地域の地図と照らし合わせながらさも意味ありげに、「あーここかー。あの事件のあったところか。」と返ってきたらしかった。何の事件かと聞くとあまり触れたくないようで殺傷事としか言わなかったようだ。そこまで知らされて調べない訳にはいかないだろう。どこにでもこういった事に鼻を突っ込む者のひとりやふたりはいる。詳細が暴かれ皆が知る所となるのに時間は掛からなかった。どこにでもありそうな情のもつれからくる殺人事件らしかった。主人に先立たれた女性が雇っていた使用人?と関係があったか何かで、その使用人に仏間で刺されたらしい。逃れようと身体を引きずりながら廊下を這い、玄関のところまで出て息絶えてしまったようだ。後に仏間が開放され責任者が一生懸命お祈りし、聖塩を山ほど撒いて御祓いしたようだが、カビがいった畳にはどす黒い血痕の跡がしっかりついていた。しかしこの家の過去があからさまになってから金縛りはピタッと止まった。晴らせぬ想いを知ってもらいたかったのだろう。それでも月末にひとりになると気味悪い日を送らなければならなくなった。

2007年10月25日木曜日

レイカン商法

こっくりさんを知っているだろうか。一枚の紙にひらがなを書き並べたり数字を書き並べたりしておいて、中央に10円玉を置く。普通3人だが周りを囲んで人差し指を10円玉の上に軽く置く。神妙な気持ちでコックリさんに登場をお願いして問いたい内容を丁寧に尋ねると10円玉が勝手に動き始め答えの文字を順に追っていく。ひとつの交霊術だ。小中学校で流行り、忘れた頃にまた流行っていた。時々おかしくなる子もいたりして中止令が出たこともある。霊的な存在からの情報を得るという手法は現在の我々に於いても十分使えると思っている。こんなおどろおどろしいやり方ではなく、内的アンテナをしっかり立て霊的感性を開いていくと様々な知恵やインスピレーションが与えられる。毎日の営業を終え従業員が三々五々帰ったのちキャッシャーの閉めをして一息ついて、そして自分流の交流会が時々開かれる。ただ単に祈りの形で神様と交流したり、先祖をお迎えして歌ってみたり、すしを用意して食べて戴いたりと形は様々だがいろんなことをやって見ると面白い。たまには霊界にいる歴史上の大物人物を招いて討論したり質問会を開いたりすることもある。危ない存在だと思われるかも知れないが、私はその場でいろんな知恵を戴いたり悩みがあっても内的に悟らされたりと多くの気付きを与えられた。十数年前隣にチキン屋が出来た。その頃は寿司よりチキン照りの方が売上げは良かったので隣の店には結構食われそうな恐れがあった。案の定、開店早々から影響があった。特にランチ客を食われた。何とかならないでしょうかとその地の霊にお願いするとひとつ閃いた。エリコ城の陥落である。直ぐその場でチキン屋の周りを願を掛けながら七回回った。これで勝ったという実感があった。ランチへの影響は暫く続いたが、不安や心配は私から消えた。その店は半年ほどもって閉鎖した。今考えると決して褒められるようなことではない。お互いが持ちつ持たれつの関係にあったほうが良かったと今は思う。しかし私の切実な念に仕方なく答えてくれたのだと思う。これはあまりにも低級な例ではあるが高い次元での霊界とのやり取りは在ってもいいと思う。前にも書いたがそういった意味での霊感商法を我々は取り入れるべきだ。TPの儀式内容を観察すると仏教界の代表やユダヤ教界の代表としてその場にいる責任者を使命されたり神様の座られる椅子を用意されたりされる。その代表には霊界にいる本当の代表がその人と共にあり、神様が事実その場におられることを理解しないといけない。儀式的ご都合上のことではない。そういった霊的内容に意識を持つようになると店の存在に対しての見方も変わってくるし、それぞれの客の雰囲気や行動に対する見方も変わるし、従業員への対し方も変わってくる。店に漂う空気の流れすらも意味を持ってくる。しかし本部に対する見方だけは様子が違う。霊的にもいろんな力関係があるようでより複雑さを帯びている。その辺のところは見えないし見たくない。お写真をどの家庭でも戴いていると思うがそれは写真ではなくフレームを通して御父母様が我が家庭の生活を事実見ておられる、という気付きを得ているだろうか。それを唯の写真と捉えるのは大きな間違いだ。

2007年10月24日水曜日

事故

季節は覚えていない。上着を着ていた覚えはないから初秋の入り頃のように思う。その日秋田の展示会の動員を手伝っての帰りで夜半過ぎ盛岡まで車を走らせていた。対向車も数えるほどしかない。途中から雨が降り始めたが運転を遮るほどでもなく車の足回りは軽快で楽しかった。直線道路がしばらく続きハイビームで照らされた先には何の障害物もない。霧雨に吸い込まれるように加速していった。慎重な性格ではあるが免許を取って一年近く経ち、驕りが出始めていたのだろう。制限50キロを優に超え80キロ辺りを針は振れていた。スピードという快感に浸っていた。と急に左カーブが現れる。あまりにも唐突だった。ヒヤッとした危機回帰の意識がブレーキにかけた右足を極度に突っ張らせる。減速するはずが車は期待を無残に裏切り滑る様に走っていった。ハンドルを一気に切る。尻だけが右に大きく振れ反対車線に突っ込む。急ぎ左に切り返す。今度は左に大きく振った。右足はその間突っ張ったままだ。こうなるとハンドルもブレーキもしがみつくだけのものでしかなかった。車の鼻先がガードレールのない道路をはみ出したとき、若干首を落とし身構えた。時間的余裕が全く無い状況で怖いという感情は出てこなかった。こういう時、身に起こりうるどんな状況も受け入れることを覚悟させられる。車が道路を飛び出し相当の落差を転がり落ちていく。ヘッドライトに照らしだされる断片的な景色を視界から遮断するように、ハンドルを握り締める手の一点を凝視し続ける。身体の浮いていた感覚がしばらく続いた後、激しいズンという衝撃を腹に覚えた。動きは止まった。腹側を無残に晒した車から蒸気でも吹いているような音がしばらく続いていたが次第に止んでいった。ダッシュボードが勝手に開いて中から紐のついたお守りのようなものが転げ落ちた。ガソリンに引火して爆発しかねないという不安がよぎる。そのお守りを手にすると開かないドアのウィンドウをかろうじて下ろし、体に無理を強いて外に這い出た。雑草に覆われた下のほうに小川が流れているらしく、せせらぎの音が聞こえている。静けさが自分を包んでいた。ひょっとしたら霊界なんだろうかと訝るほどに一瞬前の状況とは正反対で、自分の身体を撫で回しながら生きていることを確認した。急におかしさが込み上げてきた。車は全形を全く止めず潰れているのに自分はかすり傷ひとつ負っていない。暫くそこに腰掛け静寂のなかで広がる平安に身を委ねた。暫くして我に返ると、とにかくこの崖を登って上がる必要があることに気付いた。やおら腰を上げ、雑草を鷲掴みにしながらやっとの思いで道路上まで這い上がった。息を急かしながら外灯が届かない崖下に目をやってみる。改めて起こったことの重大さを認識して言葉を失った。遠くの方に電話ボックスを認めると小走りに近づいていった。受話器を手にしたものの呼び出しを躊躇してしまい、どう切り出したらいいのか悩んだ。思案に暮れていると左ポケットの中で何か手に触れるものを認めた。取り出してみると脱出する前に掴み出した布包みだ。紐を緩め中の物を確認すると、小さい石ころが入っていた。それがある姉妹が持っていた涙石であることにピンときた。秋田に行く折彼女を乗せたが車の中に忘れたに違いない。そうか、自分はそれに救われたらしい。自分の中でうやむやな想いが吹っ切れた。改めて受話器を取り直し、はっきりとした口調で責任者に連絡し、地元の警察署へも連絡した。守られていたことの気付きを与えられ、事故の流れを思い起こしてみると、確かに転がり落ちる間、真綿でくるまれている様な感覚もあったし更に不思議なのは映画のスローモーションの一シーンであるかのような時間の流れがそこにあったということ。東北は霊界に近い。強い自然霊を特に感じる様な気がする。雑霊悪霊の類も経験したが、霊的なものに助けて頂いた実感はこのときが始めてだ。

本質的比較

二十数年間レストランに携わりながら、アメリカに於ける寿司関係の店は爆発的に増えてきた。しかし我々の店は減ることはあっても増えることは無かった。無闇に上や下に対して憤慨したり悔いたりする前にどうしてそうなったのか霊的感性も動員して考えてみる必要がある。我々の店と外の店の根本的違いは何か。違いははっきりしている。出発点の違いである。外の店は自分の願いが出発点であるのに対して、我々は天の願いが出発点である。天の願いであればより次元の高い動機ではあるが、しかし悲しいかな天の願いに対しての納得が自分の中に無い。大切であるというおぼろげな認識はあるがあまりにも捕らえどころの無い感覚なのだ。信仰という紙を一枚一枚重ねる程に少しずつ神様に対する認識を得ようとしてきたが突きつけられる現実の前には霧同然のような感覚なのだ。従って天の願いが出発点ではあるがその認識がないため、ただ単に出発点が自分の願いではない、というに留まっている。普通人間は自分というものに固執する。自分を守り自分の願いや夢のために人生を駆け巡る。自分の願いであるから持てるエネルギーの総てを投入する。自分の店、即ち自分そのものであるからその中に発想や知恵、思い入れ、責任意識という三様のエネルギーを最大限投入する。要するに自分の知情意を与えつくす。より与えた者がより受ける者である。原理はそうである。比較してみれば我々には上からの指示を受け止めることでアップアップの状態だから発想や知恵は貧しく、いつどこに飛ばされるかも知れないからその地やその店に対する思い入れも無く、責任を取るという意味すら解っていない。そういった内容を一まとめにすれば信仰が無いという言葉で片付けられる。その違いを踏まえて何が我々に必要なのか。ここに大きく分けて二つの選択が用意されている。ひとつは出発点を自分の願いに軌道修正する。ようするに今ある店にしろこれから開ける店にしろ自分のものなのだという認識に転向させる。もちろん店も儲けも先ず自分の所有である。そこからそれぞれの良心基準、信仰基準に合わせた形でドーネーションする。そして今ひとつの選択は天の願い、み旨が何であるかを個人に於いて組織に於いて徹底して教育する。魂の中からみ旨を最優先させたいという所まで陥れる。責任者としては後者を取ると思う。日本に於ける犠牲精神を例に徹底して押し付けにかかる。おそらくその選択をせざるを得ないだろうし鬼になることがみ旨と認識して発破をかける。しかしこれ程の分別に耐える者がいるとは思えない。ビジネスビジネスと口を酸っぱくして言うがそれを突き詰めると最初の選択にならざるを得ない。この矛盾に気がついたものがいない。しかし私は今ひとつの選択が出てくることを期待している。即ち自分の願い=天の願いという次元が現れ見えてくる。自分はこれを妄想とは思っていない。遠からずその時がくることを霊的に確信している。だから自分は今を耐えることができる。今できることを精一杯やりたいしそれが本当の喜びだという実感が涌こうとしている。