2016年4月17日日曜日
今日の想い 916
新しい時代が始まり、新しい中心軸が立ち、新しい意識が人類に目覚める。勝利されたことによる霊的事実が現実という地上的事実へと向かう一連の産道通過を、人類は今の今経験している。その代表的立場で産道の先頭に立っているのが祝福中心家庭達だ。未だ出口の見えない先頭を行くのも大変なのに、後ろを振り返りながら後に続こうとしている人類を抱え込む余裕が果たしてあるのだろうか。氏族メシヤとは氏族を出口まで導く使命を与(あずか)る者達のことであり、人類のカナンの福地である全く新しい意識世界へと彼等を導いていかなければならない。当の本人にすら新しい意識世界がどのようなものか把握できてもいないのに、氏族の彼等を産道に向かわせ出口まで導くことができるだろうか。人間は精子と卵子の出会いで形作られ母の産道を通過して母の胎から大気世界へと生れ出た。さらに大気世界という胎から昇華という産道を通過して愛の大気の世界である霊界へと生れ出る。人類堕落によって、大気世界へと産出は為せるものの、正しく生きて昇華という産道を通れずに死という地獄への道を下らなければならない。これを阻んで昇華への道へと導くには地上における交差が決め手となる。簡単にいってしまえば祝福だが、祝福を祝福として受け取れない人類は、地上における意識転換という平面的交差を通して縦的である祝福を受ける器になれる。これがアセンションだ。人間の意識の変わり様は世代ごと、時代ごとに見れば変わっていることを認識できるが、今の大変革、大転換は自分の中に全く新しい意識を見出せるほどの時間の圧縮状態にある。それは決して穏やかに心地よく意識改革できるものではなく、既存の認識に固執すれば実に困難で厄介な環境に放り投げられる。これほどに生きるのは大変かという状態になる。しかし甘受することを学んだ者は、この禊を通して(産道を通過して)、新しい意識を備えた新しい自分へと生まれ変われることを予見している。そこが安産か難産かの分かれ目だ。しかしどちらにしても人類全て新しい意識世界へと次元を上げる。それを拒む者はまさしく死産であり、一度死んであの世からの回り道をしなければならないだろう。誰もが困難な状態にある。それは祝福家庭もこの世の人たちも同じだ。しかし今に留まらないかぎり確実に出口に向かっている。アセンションを越えれば誰もが祝福家庭を仰ぎ見るだろう。
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