2023年3月19日日曜日

今日の想い 1228

 金という現物が金現物と交換できる証書紙に変わり、証書紙がいつしかバンクに打ち込まれる数字に変わった。証書紙ならまだ金現物の実感を持てていたが、打ち込まれた数字にもその実感があるかというと、周りの人々が実感があるものとして扱っているからそれを信じているだけのことだろう。証書紙(紙幣)にはまだ手に触れる実感があるが、数字にはそれすらない。実感が全くなければ妄想世界の存在でしかない。意識の地上世界と無意識の霊界、その狭間に心魂世界妄想世界があり、実体のない数字はどう意識の紐付けが為されているかで、霊界に籍を置いて心魂を通して届いているのか、或いは霊界に籍がない妄想が作り出した偽りの影として届いているのかが決定される。意識の紐付けとは、どういう認識を持って待遇と態度で接し扱うかという意味だ。物を生命のないモノとして扱うとそこに内的霊的生命を吹き込むことはできない。生命のない死んだモノは死への淵に誘うばかりだが、内的霊的生命を吹き込んだ万物は私を授受作用の歓びに導く。万物主管とは私と対象物の生命と愛の遣り取りだ。被造物が嘆き悲しんでいるのは、人類の堕落で霊的死に至った人間からは、もはや吹き込まれるはずの霊的生命を期待できないからだ。ここまで金融経済が発展したのはカインの末裔、石工の科学技術によるものだが、金融バブル崩壊は死の淵に追いやった被造物達が団結して声を上げ訴えた叫びであり、妄想を限界まで膨らませて爆発させ死の淵にもろとも堕とそうとしている。しかし人類の態度如何によっては、すなわち霊的生命を蔑ろにしてきたことの悔い改めと、被造物万物をモノとしてしか扱ってこなかったことへの謝罪を込め、通貨へ如何に生命を吹き込むかに真摯に向き合えば、天宙の進化と発展になくてはならない人類の友となるだろう。

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