2026年7月9日木曜日

今日の想い 1481

今年に入ってヨブ記のヨブ状態が続いている。この暑い最中、悪寒が襲って眠れない。疲れて眠りにつきたいのに副交感神経が働かないらしい。耳鳴りが始まる。ひどい時は後頭部内が砂嵐状態だ。耳鳴りというより頭鳴りだ。そして、身体の左、特に左肋骨の下から脇腹あたりがずっと痛む。帯状疱疹だと診断されてはいるが皮膚の炎症までは至っていない。、、にしてもずっと痛いままだ。親父を亡くした辺りから憑き物が憑いたように、理由の知れない症状にずっと悩まされ続けている。あたかも昔の当時の自分、自分史の螺旋の合致点が今の今であるかのように、当時の不安と恐怖が40年を超えて一巡して襲っている。自分が何者かを知り、自我として霊的に立っていながら、まさかこんな試練、というべきか仕打ちかはわからないが、それは超えた試練としてもう無縁だと思っていたのに、70の手前で乗り越えるべきものとして天が許可した運命なのだろうか。頭や精神がやられるのだろうかと思えるほどに、今不安に苛まされている。一番辛いのは疲れて眠いにもかかわらず眠れない、だから本来霊的な生素を睡眠を通して受け取れるはずなのにそれがままならない。難儀な生活を強いられる、その理由が先ず知りたい。癒して欲しいと切に願う以前に理由が知りたい。私は日本人である前に日本食口だと思っている。それは摂理を担う祝福家庭だから日本は二の次だと言うのではなく、その摂理が日本国と日本人に対してどのような意味があるのかを説明する責任が日本食口にあるということだ。はっきり言って献金摂理はその意味も理解してもらってはおらず、日本国への配慮は無視したまま突っ走ってきた。確かに説明責任云々よりも天の願いの方が優先だという言い訳は教会側では立つのかも知れない。しかし反社としての烙印を押されて尚、その説明ができないなら、国は教会が反社だと認定したことは正しかったと言われても仕方がない。裁判云々の言い開きは説明責任ではなく、我々側の言い分を押し付けたに過ぎない。実際のところ世界宣教にのみ献金が使われた訳ではない。特に有識者の間で問題視している使用目的は、献金した金が北朝鮮にも流れているという彼らなりの把握している事実だ。彼等はそれを人道的行為だとは認識していない。私達はそれを含めた様々な説明責任を日本に対してしていないし、すべきだとも思っていない。それは国を愛したと、それでも良心に恥じずに言えるのかどうか。教権の人事なのか日本の責任者が二世となった今、一世がやってきたヤコブの知恵は語られず、黒い所業を隠し持ったまま歳を取った者から霊界に送られる。一定数の有識者は、表沙汰にできない事実が隠されていると、そう思っている。全体として打たれ、ヨブのように個人として打たれ、私は終活をどう整理したらいいのだろう。

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