2026年7月16日木曜日

今日の想い 1482

 風前の灯、という言葉そのものが今の私だろう。生涯を通して信仰で培ったものがこれほどに心もとないとは思いもしなかった。霊的にどうのこうのという以前に、自分の気持ちすら主管できない。そして何らのすがるものもなく、風が吹けば宇宙の暗黒の遠い彼方に追い遣られ、藻屑となって消え去る。今この状態で思うと、よくぞここまで生きてきた、いや生かされてきたものだ。原理に出会わなければとうの昔に命の灯は消え去っていただろう。あの暗い田舎の山に一人二人と吊るされてきたように、、。生かされてきていったい何ができたのか。骨のみになった枝から垂れ下がっている柿の実の一つでも天に供えることができたのか。人と呼ばれる生き物が、何の躊躇もなく潰される蚊と同じだったという、その一言を告げる為にのみ生きてきたということか。たったそれだけのことで、父や母を嘆きの底に追い遣って、摂理に携わってきたのであれば、私の罪は百死に値する。それでも生かされてきたことに変わりない。せめて残り少ない生を、灰をかぶって悔い改める意志でもあるのなら、今ある状況などなんてことはない。甘んじて受けて当然だろう。悲嘆の海に沈む神様であったろうし、苦悶に次ぐ苦悶の連鎖に身を投じる神様であったことを、未だ生きてこの身で感じることができることに感謝すべきだ。アボジが明かされた悲しみの神様の様相は確かにその通りだった。

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