2008年4月5日土曜日

河童その一

朝方取り掛かった頃は青空に白い雲がたなびき田植え仕事にはちょうど良い按配だった。順調にはかどり昼飯時を迎えた。父と祖父は土がこびり付いた手の甲や素足を簡単に漱ぐと畦に腰掛け、梅干弁当を広げた。自分と妹はまだ学校に上がる前で役には立たないが田んぼにはよく行った。父と祖父のように畦に腰掛け足を投げ出して小さいムスビをほうばった。植えたばかりの苗が風に揺らぎ水を張った田がキラキラ輝いてみんな眩しそうにしていた。一服ついた後二人はやおら腰を上げて残りの仕事に取り掛かる。小さい自分はまだ田んぼには入れない。苗の束を父と祖父の近くに投げ入れる。妹もやらしてくれとねだったりする。のどかな時間が流れた。しかし小一時間たった頃、黒い雲が西の山裾から広がってきた。先ほどまで早鳴きのカッコウが響いていたがいつの間にか止んだ。雲は次第に押し寄せてくると益々黒さを増し、手が届きそうなほどに低くせり出し、見る見るうちに東の山まですっぽり覆ってしまった。昼過ぎのはずだが今にも暮れ落ちそうな具合だ。それでもまだ雲の動きは止む気配は無くそこら中で大きくとぐろを巻いたりそれが絡まったり、黒い竜が蛇腹をこすり合わせながら組つほぐれつしているように見えた。時折腹にこたえる雷鳴が低く響き渡る。大粒の雨が頭を叩き始めるやすぐに嵐の様相となる。納屋に退散する間も許さず強い風雨に捕らわれる。競争するように辿り着くとしばらく強い雨脚を立ちすくんでみんな眺めていた。雨もすごいが風もすごい。麗らかな午前中の景色からすると目を疑うほどだ。暫くして父と祖父は顔を見合わせた。(今日は仕事にならんで、、、)祖父の言葉を受けて父は納屋の奥のほうから傘を数本持ち出してきた。埃を被った破れ傘をそれぞれ手にして帰途に着いた。家への道は裏山を越えていく。さして大きな山ではない、半時間もあれば向こう斜面についてしまう。そして川を渡れば家はすぐそこだ。纏わりつく濡れ笹を足で搔き分けながら進んだ。雨の止む気配は無い。突風が予期せぬ方角から襲う。風に煽られ傘など役に立たない。傘が風に踊る。風雨に叩きつけられる。濡れた下着がまとわりつき体が思うように動かない。何かが起こりそうな気配に包まれた。四人が一まとめに黄泉の空間にさらわれた。

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