この年の瀬の押し迫った中で、父は身罷った。10月半ば始まった入院生活からの70日、飲まず食わず状態になってからの40日、使命として課せられた日数を消化し、残り少ない呼吸を体全体でこなしながら、そして最後の息を引き取った。最期の数週間は瞼の閉じない両目を更に見開きながら、この世への意識は既に混濁していて息子の私すら意識の外だ。何かを天に認識しているのだろうか時折両の手を目いっぱい天井に差し出し、それは掴み取ろうとするようでもあり差し出そうとするようでもある。心拍数計器のチェックを言い訳に、その時がいつかを定期的に探りに来る看護師は、その時を認めたと判断すると動きは鋭敏を増した。肩のあたりを叩きながら耳元での呼び掛けをしきりに始め、胸をそらせながらひとしお大きな吸引動作を父に認めると、「よう頑張ったね。息子さんがおってくれて良かったね。」と父に言葉を残した。私に向き直ると丁寧に「先生を呼んできます。」と伝えて父のベッドを後に小走りに退室した。父の最期の闘いは三か月にわたったけれども、「なるようにしかならない」の口癖のように常に飄々とした自然体の父を思えば、これほどの真摯な状態をそれまで見たことがなかった。末期の大腸癌で腫瘍が腸を破るほどでありながら、それでも父に痛みはなかったし、そのまま静かに楽に引き取るのだろうと思った。しかしこの三か月は凄惨を極めた。全生涯のエネルギーをもって対するほどの闘いだった。酷なようだけれども、これこそが人間の真の姿だと思った。生と死の狭間でこそ人間の人間たる本質を問われる。
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