2026年8月8日土曜日

今日の想い 1484

母の腰の痛みが酷い。整形外科に連れて行って注射も何度か打ってもらったが、一向に良くなる気配はない。これ以上一人で生活するのは無理だと踏み、ひと月前から母のところに移り住んで世話している。妻とは別居生活だ。妻は妻で透析通い、母は母で90を超えた歳のせいもあるが足腰を痛め、そして私はというと不眠と耳鳴り、更年期障害の諸々の症状を抱えている。人生の終盤の現実を思い知らされながら戦っている。昨日は月に一度の母の診察日だった。痛みで歩けもしないのに車椅子には乗らないという。どうしてかと聞くと恥ずかしいから嫌らしい。何が恥ずかしいのかさっぱりわからないが、母には母の感情があるらしい。杖でゆっくりゆっくり移動するのも迷惑だし、コケでもしたらそれこそ大迷惑だ。そう説明すると何もかも嫌で安楽死させて欲しいと言い出す始末だ。自分の命だから自分の好きにしたいという。これまで愚痴も言わず世話してきた私も流石に癇に障り、あれだけ南無阿弥陀仏を毎朝毎晩唱えながら、自分で生きているのではなく阿弥陀如来に生かされていることもわからないのかと声を荒げた。息子の声高な物言いに圧倒されたのか急にしおらしくなり、苦笑いで誤魔化しながら息子の言うままに素直に車椅子に乗った。小さい母が乗った車椅子を押しながら、母に放った言葉は実は私自身に向けての私に諭すべき神霊の言葉だと思った。自分こそ生かされていることを忘れていた。