今回の障害を経験して、人がどのようにして鬱になり、精神障害を抱えるようになるのかよくわかった。精神科医がどう定義しているのかはわからないが、不安が不安を呼び、その不安が更なる不安を呼ぶという連鎖反応で心の鬱状態が定着し、この不安の連鎖を自らで断ち切る術をなくし、自分の中に自分として統一されていた主体がその役目を担うことができなくなって精神疾患となる。浮遊感という言葉があるが、これは体が宙に浮いている感覚のみならず、本来なら自らの中に土台がしっかりあって魂が内に居座っているものが、不安で土台が不安定になり魂が上へ上へと抜け出ていく、その感覚を浮遊感とみる。私は小学校の高学年の頃、その浮遊感で心が消え入りそうな、これは経験してみないと説明の仕様がないが、精神の嘔吐のような感覚に度々襲われた。献身していた当時でも、外からの実績の圧力が強すぎて内面の気を逸らされてはいたが、それでもたまにその浮遊感は襲ってきた。その大きな原因要素として、生まれ育った土地の霊的空気感がある。人間は本来、主体的能動的存在であるはずが、その土地特有の霊的な見えない枷が嵌められていて、人間の主体性を無くすか薄められてしまう。その状態では魂は削がれるばかりで居場所とは思えず抜け出ようとする。そこに住まう村人全てがそんな空気に感染していた。そうなると不安や困難が襲ってくると、命を絶って苦しみから逃避しようと簡単に試みてしまう。私の家系を見ても自らで自らを仕留める者は多くいるし、率から言っても隣村の比ではなかった。今回の病を負ったのにはそれなりの外的要因はあった。簡単に言えばストレスだが、父の介護と死という経験のない荒れ地を手探りで進めていくストレス、それに輪をかけるように妻との喧嘩で血が逆流する血気怒気で私の自律神経は完全にバズってしまった。しかしその外的要因をもたらす内的霊的要因に踏み込むに足る霊力はほぼほぼエンプティな状態で、ああこれはある程度の期間を超えなければ先は見通せないと覚悟し、狂うなら狂え殺すなら殺せと開き直り、やっとそこが底抜けに堕ちていた奈落の底になった。実は魂が抜け出ていくのではなく、魂を抱えていた位置から地獄へと魂を残したまま堕ちていく。
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