初めて海を見たのが小学校三年の時だったと思う。区の子供のいる家族がみんな集まってマイクロバスに乗り込み、山陰の海辺に繰り出した。中国山地の峰からなだらかな坂を下りながら、初めてこの目で見る興奮を抑えきれず、車の前方を片時も見離すことの無いよう前のめりになって腰を浮かせていた。大人連中は発車前から入っているようで、海水浴行事であるのに飲み会と化してしまっている。一升瓶やビール瓶が右に左に行き交い、視線が遮られるのを不満に思いながら、それでも前を見続けた。山の裾を縫うように蛇行して走り続ける。道路の上にまでせり出した木々で空の様子もはっきりとは見えない。やっと道幅が幾分広くなったところで暑い日差しが差し込んだ。浮かれた赤い顔が揺られながら照らされる。砂利道を土煙を上げながらひたすら下っていく。幾らか上り斜面に差し掛かり峠を越えると視界が一気に広がった。男連中のうるさいやり取りに紛れて女連中の歓声が上がった。前の座席にいた母が振り返り、海が見えるよと声をかけてくれた。急いで座席に立ち上がって前のめりに目を凝らした。山間にキラキラ光る帯が水平に見渡せた。青い海が目に飛び込むものとばかり思っていた子供にキラキラ光る海は衝撃的だった。山間の盆地の底で四方を山に囲まれ、山ばかり見て育った自分に、今向かっている光の帯はこの世のものとは思えないほどの存在感だった。
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