時代は大混沌時代、上の者が下に、下の者が上になる下剋上時代、それこそが後天開闢時代の幕開けだ。先天時代の道理はある意味通じない。そうしてその認識を誰よりも持つべきは食口達だ。神の摂理にもっとも従っていた立場が逆に摂理に反する立場にいる。もっとも神に愛された立場が神に恨まれる立場になる。先天時代から比べればどれほど世界は荒れているか、社会も天地も人心も荒れ放題でなんでもありの世の中だ。ある意味、先天時代は平和だった。しかし神は暫定的な平和を望んではいない。万人が戦う時代に敢えて飛び込ませてまで真の愛、すなわち心情の介する位相の高い平和地球、平和大地を望まれた。今はその万人が戦う時代だ。かつてそして今も愛と呼ばれている生易しい愛ではなく、歓喜し激怒し痛心し感動する、そんなワンステージもツーステージも高い喜怒哀楽を生きる心情時代、それは魂が次元を上げる魂の開闢時代だ。だから後天開闢時代だ。上の者が下になるように先の者が後になり、下の者が上になるように後の者が先になる。そういう過渡期の混沌の最中でありそんな今、教会にしがみ付き教会の指示待ちで大荒波の大海を泳ぎ切るのは至難の業であって、良心こそが羅針盤であり良心の願いに生きればそれでこそ新しい新天地に辿り着くことができる。教会が揺さぶられたら教会から逃れるべきで、しがみ付いていれば安心だと良心が叫ぶとは思わない。もっと大きな天の願いがそれぞれにあるはずで、良心に従って立てるその自立のマストを立ててこそ新しい希望に向けて航海できる。
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