2014年9月22日月曜日

今日の想い 789

妻の治療が早目に終わった。いつもの帰り道であるボルチモアからDCへ向かうルート95を南下していたが、アナポリスのサインが目に入ったので車線を左に寄せて妻に尋ねてみた。少しは気分転換にドライブがてら足を延ばすのはどうかと聞くと、彼女も同意してくれたのでそのまま分岐点を左にとり、一路アナポリスに向かった。何度か昔訪れたことはあるけれどもここ数年は海さえ見ていない。半時間も走らせると目的地付近にもう着いたらしく、こんなに近かっただろうかと首を傾げたが、ボルチモアから向かったからだと気がついた。メリーランド州はDCにお椀を被せるようにまたがっているので私の住んでいる場所から向かうとDCを避けるようにして環状線を大きく半周しなければならない。その感覚があったからそう感じた。かつてはイギリスの植民地であったこの町は、小洒落たヨットハーバーがあって、そこから州議事堂への通り沿いに店が立ち並び、その界隈は当時の植民地時代の面影がそのまま残っている。妻は歩くことも大変なので散策とまではいかないが、ハーバーのベンチに暫く腰かけ、ヨットの浮かんでいる内海を言葉もなく眺めた。白い綿雲が空高く所々に散っている。9月も終盤に入ると流石に陽の強さも弱まり、8月の暑さも遠ざかって心地よい秋の潮風が顔を撫でる。暫くして最初に妻が口を開いた。ここに来たことがあるかという問いだった。この街には何度か来たことはあるけれども、実はこのハーバーに来たことはない。そんな説明も面倒くさく、一言あるよと頷いて見せた。信仰的な会話以外の生活会話はいつも妻が喋る担当で、私は頷くか首を振るだけだ。数年前に来たときはまだ小さかった二人の子供達と一緒だった。ずっと不愛想なのも悪いので、せめてそんなことでも付け加えようと思ったところに、そういえば子供と一緒にアナポリスの海軍兵学校を見学に来たことがあったと妻が口にした。それで結局また私は頷くだけで不愛想に無口なままだった。日本人夫婦なのでこれでもいいのだろうが、国際祝福で国民性が異なるとそうはいかない。チェサピーク湾の内海で海面はおとなしい。柔らかい日差しが水面に反射して、宝石でもばらまいたようにきらきら輝いている。店からの連絡もなく、先ほど医者に告げられた治療状況も今の今は考えず、静かな海を妻と二人で見続けている今のこの事実だけで内面を満たせば、この瞬間は天国だ。二人だけの天国だ。若い二人なら向かい合って見つめ合ったりするのだろうが、二人三脚で歩んできてそんな必要はない。すでに二人はひとつなのに敢えて向かい合う必要もないしお互いを理解する言葉もいらない。二人で海を静かに見つめていればそれが二人の会話だ。しかし天国から現実に唐突に引き戻される。陽が上ってきて顔が日焼けするからと、妻は駐車している車へ向かうために立ち上がった。

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