日本食口はどうして生活もままならないほどに重い献金を押し付けられて来たのか。日本は歴史的蕩減が重いから、日本食口は日本を代表して韓国を支え、世界摂理を支える必要がある? だから日本食口は献金要求に応える責任がある? 実は日本の中心者だけがそう言い訳しそうしたいだけであり、また末端信者は末端信者でボロボロになりながら中心者が言うことを鵜呑みにするだけだ。エバが取って食べるように言ったからそうしました、と同じように中心者がそうしろと言うからそうしましたと馬鹿の一つ覚えのように言っているに過ぎない。今回はこういう摂理、次はこういう摂理と矢継ぎ早に要求のされるままに何十年も送金し続けて、中心者はその都度投入した経過や結果を尋ねたことがあるのだろうか。見返りを求めず只同然に差し出してそれなりの結果がでることは先ずない。見返りを求めないのが愛だが、万物を只同然に差し出せば消えて当然であって、万物主管とはそういうものだ。中央銀行ではないので輪転機でその都度刷れる訳もなく、耐えきれない重荷を末端信者に背負わすことになる。その痛みが実績として実るのであれば言い訳にもなるだろうが、博打打ちのように偉い先生方が殆ど擦って終わりが実情だ。「でもアボジが要求されるから」、、勿論要求される。何故なら要求するだけ出すからだ。出すのを止めれば要求されない。アボジの顔色を窺うことに汲々としてきたのが中心者だ。しかしそれは仕える姿勢でもなければ信仰でもない。否定されることへの恐れがそうさせてきただけだ。オレオレ詐欺は日本が最も多い。ほぼ日本だけの問題といってもいいくらいだ。それは日本人が要求すれば出そうとするからだ。後々に何か起こりそうな不安と恐怖から逃れたいがため、金を出したら解決するという安易な方法に飛びつくからだ。だから同じように日本食口も日本の中心者も要求されれば出そうとする。先回差し出した投資に対する経過や結果も聞かずに、、。受け取り方、そして差し出し方の万物主管をないがしろにすれば当然しっぺ返しを喰らう。愛による万物主管とは到底言えない。
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