2026年6月2日火曜日

今日の想い 1470

 愛は関係性を無視しては表せない言葉だ。関係性の中で産まれ、関係性の中で育まれ、関係性の中で花開く。真の父母を根として繋がった食口達が愛の人格者であり愛の群れであるかどうかは、真の父母との関係性、兄弟姉妹との関係性の中で愛が産まれ、愛が育まれたかどうかだろう。蕩減路程の献身生活は従わなければ振り落とされる、思い描く愛のイメージとは真逆の歩みの連続だった。しかしアボジが語られた「過ぎてみれば愛だった」というみ言葉をひたすら胸に、そこを信仰の基として、生きて地獄の道を歩んできた。アボジは過去の困難をどのように愛と認識されたのだろう。アボジが言う愛の概念を私が受け取っていないことを考えると、そんな問いはアボジに対しても、愛に対しても無礼な問いなのかもしれない。愛はなくとも、少なくとも私はこの道に希望を感じて、その静かな高揚感で歩み始めた。歩みの中で希望の影が薄くなっていっても未だ辿り着けない愛、真の愛を手にできるという信仰を繋いできた。そして、歳を取った。今までの歩みの中で、試練なのか苦難なのか、その一つ一つを思い起こしながら、それらが愛に繋がるどんな要素が含まれていたのか、愛に照らし合わせてどう人格を形作ったのか、死の門を通過しなければ認識できないと一方で思いながらも問い続けている。はたして「過ぎてみれば愛だった」というアボジの言葉をこの地上で口にできるのかどうなのか。この星の存在理由が愛の完成であり、もし失敗するのなら人類を含め全ての存在はブラックホールに吸い込まれるだろう。トランプは最高のカードを切ったつもりが、最悪の結果になろうとしている。MAGAを立てる為には他国との関係性が重要であるにもかかわらず、独善的では関係性は立たない。関税、ウクライナ戦争、それからイラン戦争の経過をみればよくわかる。これから更にアメリカはもがけばもがくほど孤立していく。私達も真の愛を標榜するなら関係性を考えるべきだ。教会内だけに通じる道理では関係性は築けない。これまでの負の遺産をも無駄にせず、社会との関係性、国との関係性、世界の中での位置を、信仰の原則ではなく愛の原則から問い直してみるべきだ。

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