2012年1月4日水曜日

天基3年は閏年

陽暦2012年が明けた。全ての行事が天暦に従うようになった為に、陽暦の年明けが余り意味を成さないように感じる。この世に於ける年明けのカウントダウンや、新年に入った歓びの顔や挨拶も何か空々しい感じがするし、何も知らないこの世の人達が陽暦の新年を祝っているのが、どこか間が抜けて滑稽な感じもする。天暦2012年は閏月があって13ヶ月となる。み言葉の中に、この13数という一ヶ月を中心として十二ヶ月が引っ張られていく、、と言うのがある。陽暦には超えられなかったものが、13数が天暦に現れることによって踏み越えられると言うことだ。踏み越えた先がどうなるかを未だ人類は体験したことが無い。それはまさしく未知数の世界に突入していくことになる。御父様は数理に対するいろんなお話をされていて、私などはどうにも理解できず頭を抱えることしきりだ。復帰歴史は数理を復帰する歴史でもあったということは頷けるけれども、いざその過程や方法を説明され始めると、途端に付いて行けなくなる。奇数偶数が相対関係であり、位が上がることは数えていく数の延長線にあるのではなく、次元を上げて出発することだと言うのはおぼろげにわかりはするが、それ以上の話は奥深い闇の中でのことで付いてはいけない。ポアンカレ予想という百年来の未解決の命題があって、十年前にロシアの数学者がそれを解決して見せた。しかしその後、彼は隠遁生活をし百万ドルのフィールズ賞を辞退したりして奇人変人扱いされたが、おそらく人間の通常の意識範囲を超えることで証明できた為に、彼にしてみれば地上的な副作用が相当大きかったのだと思う。通常の人生価値観を捨てて霊界の相当の高次元まで飛んでいかなければ回答を受け取ることはなかったはずだ。御父様の数理に関するみ言葉に対しても、高次元の霊界の神霊に耐えうる精神を私が供えなければ、その理解を容易く得られると思うべきではないのかも知れない。12数である十二弟子は13数であるキリストイエスを立てることが出来なかった。しかし再臨のキリストとして、封印されたままの13数を御父様は勝利されて取り戻された。2012年の閏月である一ヶ月を中心として、13数の権能を天暦で回り始めた天宙で行使される。堕落圏である地上的概念で、どれほど2012年の起こり得る事柄を並べてみても、殆ど無意味だろう。私たちにとって、予測することが大切なのではなくて、起こる事柄をどう受け止めようとしているのか、その準備する器が問われている。

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