2008年1月23日水曜日

忘れられない風景

漆黒の世界の闇が光に代わり始める頃合、朝靄の中に私は佇んでいた。光明がゆっくりと地上を覆い始めると朝靄を透かして、その底にあるものを浮かび上がらせる。昨夜遅くここに辿り着いたらしい。連日朝から家々を訪問して走り回り、昨日は暮れ掛かった頃バンに回収されるとそのままたおれて寝入ったようだ。起こされるまで一瞬の時間感覚だった。気の入りきらぬ身体を引きずり、準備の為バンの引き戸を開けて外気を浴びる。冷たくなった秋の空気に包まれる。日の出にはまだ十分早いらしい。室内灯の小さな明かりでは殆ど役に立たない。伸びた草が車内に入り込む。外に出ると車の近くを畳四畳ほど踏み固めた。ビニールござを座席後ろから取り出して敷く作業に掛かる、しかし、、それを手にしたまま敷くのも忘れて目に飛び込む光景の一連の流れに見入ってしまった。南の方がだんだんと白けてくると、朝靄が一面たなびいているのが見渡され、時間を追うごとに滲んで浮き上がってくるものを近くのほうからあちこちに確認できる。更に光が加わってくると朝靄を透かして当たり一面の薄桃色が浮かび上がってきた。周囲を地平まで見渡せる位になってやっとその正体を眼前に現すと、小高い丘が見渡せるそこは前方の視界一面コスモスの花々で埋め尽くされていた。桃色と白色の絨毯がなだらかな丘の凹凸に合わせて敷き詰められていた。朝靄の底に土や草は深く沈み淡い色の花々だけが幻想的に浮かび上がり波打っている。同僚が感嘆のうめきを静かにもらした。全員でその光景の中で暫く佇んだ。この世のものとは思えない、霊界はさもありなんと思われる景色が広がっていた。人は深く感嘆すると頭の天辺がツーンとなって麻痺状態になる。連日の疲れや思い悩んでいた事柄が潮が引くように足の方から流れ出ていく。その朝の体験があまりにも心深くに刻まれ、その日一日その光景が心の内から離れなかった。訪問しながら何を言われ断られても何の苦にもならず、身体の質量はなくなり足は宙に浮いていた。霊的な感覚だけでその日一日を送った。その朝の体験で吸収された薄桃色に心は染まりその色香で完全に酔っていた。

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