2009年5月14日木曜日
失楽園
天使長ルーシェルの誘惑に魂を奪われ、周りのことが目に入らなくなったエバは、誘導されるままにルーシェルと血縁関係を結んでしまった。エバはルーシェルと交わる事で遺伝原理に基づき、良心の呵責から来る恐怖心と、対すべき相手はアダムだったという事実感得の知恵を受けたと、み言には記されている。感情活動としての魂を、それ以上熱を帯びる事ができないほどに煮え滾らせ、何も怖いものなど無く、神の戒めを考慮する理性は吹き飛んでいた。熱様相の中に身を委ね、身を溺れさせ、身を焦がし、ルーシェル存在こそが何処までも何処までも自分を酔わせてくれる事を信じた。いつかは熱様相が冷まされ、冷たい理性界の中に埋没させられること等信じたくは無かった。熱様相の中に酔いしれれば酔いしれるほど、理性界から逃れられる、その認識以外のことは受け付けなかった。しかしそれでも理性は否応無く働きかけ逃れる事はできない。直接的である感情魂に火をつける前に原理原則としての理性魂を育てるべきだった。理性界を渡り歩く事ができる機能を備えた理性魂、これを育てることこそがルーシェルの務めであり存在意義であり本質的喜びであった。しかし胸に覚える愛の減少感が自分に引かれた理性のレールをずらしてしまった。天宙の創造過程に多くの高次存在が関与し犠牲を供えている。多くの天使存在、高次の存在が自らの想いをより高次の存在に委ねながら犠牲を払ってきた。にも拘らず創造過程の躓きが全てを束ねる天使長と人類始祖エバとの間に起こってしまった。抑えきれない熱が魂を凌駕していったのも理性界が司る時間の中にあったように、振り回される熱様相が冷めて、平安で穏やかな親なる神の愛に立ち返れるのもまた、時間の中にあることを教え教えられて、過ぎ去るのを待てば良かった。悠久なる創造過程への数え知れない犠牲を踏みにじった良心の呵責からくる恐怖心と本来の横的愛を交わすべき存在はアダムであることを知ったエバは藁をも掴む思いでアダムに向かいアダムと交わる。終にアダムとエバの両方をも、神に反旗を立てる結果となったルーシェルに奪われてしまった。現在のような人間在り様として物質体に受肉してはおらないアダムとエバは、地表を隔てた、神に見まうことが出来るエデンの園にいた。サタンとなったルーシェルの全ての性稟を受け継いだアダムとエバは、エデンの園を逃れるしかなく、硬化した物質的地上に下りルーシェル的受肉を果たした。地上でしか見出せないものに対する欲、本能欲、情欲、物欲、支配欲といった濃密で低級な欲望の中に沈んでいった。そう言う中で、再創造のマイナス位置からの出発が希望の全てを失った天宙的な悲観的雰囲気に覆われながら始まっていく。肉体を持った人間存在の中に死や、病や、痛みや、悩みを混入され、それらをルーシェル的結実に向かう人類に対抗させながら復帰の摂理が進められる。
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