2010年11月21日日曜日

今日の想い 228

人間は本来あらゆる次元を跨いで生きる存在だ。堕落してしまってあまりにも物質体という次元に深入りしすぎてはいるけれど、私という存在を見たときに肉体もあれば生命体や心魂体もあり、物質界だけではなく生命界や心魂界に生きてもいる。そして堕落人間が意識できる圏外にある更に高次の世界が、幾重にも広がっている。多次元にまたがり感知できる肉体、生命体、心魂体、更に霊人体をひとつにした私という存在体は、あらゆる次元の反射体の役割をしている為に、それぞれの次元を感知できる。五感以外の、それらの未だ曖昧な感性を開いて研ぎ澄ますためには、修行によって肉的なものを除去することで五感を弱め、相対的に他の感性である霊性を意識に上らすことで別次元への開眼をなしてきた。しかしそれは同時にこの世から距離を置くということでもある。厭世的な在り様が人間の在り様としての願いではなく、あくまで神様は天宙の統一、霊界と地上界の統一を願われているのであり、地上を厭世するのではなく地上を復帰しなければならない。霊性を備えて地上を新たに再創造しなければならない。堕落の血統とは関係のない御父様を地上にいただき、地上界再創造の摂理がなされ最後の宇宙的瞬間を迎えようとしている。五感で受け取るものはまったく変わっていない様で、宇宙という入れ物がそっくり変わっているために、堕落圏とは関係のない地上世界が発生する。人間が霊性を開くことが出来れば今変化している全てを意識的に捉えることができるだろう。本質的な宇宙全体、多次元全体に於ける変化を認識せずして、肉的五感と唯物的な思考感情意志の心魂のままでは、次元の波を察することも出来なければ泳ぐことも出来ない。風呂を嫌がる子供のように、恩恵と祝福の波が押し寄せても逃げ惑うことしかできない。

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