2013年4月11日木曜日

桜を想う

80度を超す陽気が続いて、桜の蕾の全てが一気に花開いた。桃色のぼんぼりを枝という枝が枝垂れるほどたわわに実らせ、細い枝骨を晒していただけの殺風景が一変し、息を吹き返した。早い明け方外に出ると、まだ陽が昇らぬうちの青みがかった薄光の柔らかさに包まれて、無数のぼんぼりが幻想のように浮かんでいる。その輪郭が曖昧であるように、花々は大気に広がり滲み出ているようだ。花の醸し出す甘い香りが一面に漂っていて、深く呼吸すれば軽い酔いを覚え始める。こんな言葉を使っていいのかどうかわからないが、秘めた艶やかさで私を誘う。この世のあらゆる妖艶なイザナイもこの香りのさそいにはかなわないだろう。いつしか立ち尽くして、気を許してしまえば気が遠のいてしまうほどだ。花の精との接触だ。桜の花の精が、潤いの眼差しで微笑みかけ、甘い吐息を吹きかけ、しなやかな指先で頬や腕を優しく撫でる。もしも桜の花が咲き続けるなら、私はおそらく気が触れてしまうはずだ。花に酔い、花に溺れて私自身を委ね切ってしまいたい、そんな、生気を抜き取られるかのような衝動に駆られてしまう。誰もいない明け方早くに出会うことになったのがよろしくなかったのだろうか。妻も誰も知らない、花の精との逢瀬を楽しむかのような錯覚を覚えてたじろいだ。桜の花を毎年見るたびに、初恋にも似た症状になる。去年は咲き切らずに散ってしまったし、おととしは眩い陽の光の下でしか会えなかった。今までの想いのすれ違いを補うように、今年の桜は私の帰国を待って一度に咲き放ち、圧倒する程の想いを私に向けて放っている。

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