2013年4月6日土曜日

今日の想い 552

地上に平和をもたらすために私が来たと思うな。平和ではなく剣を投げ込む為にきたのである。(マタイ伝10:34)
全てに於いてアベルとカインがはっきりと分けられて拮抗するようになる。アベルの道とカインの道に分けられ、アベルの位置とカインの位置に分けられ、アベルの血統とカインの血統にも分けられ、アベルの世界とカインの世界に分けられる。明確にアベルとカインに分けられる為に真の父母宣布がなされ、ありとあらゆるアベルとカインが一体となることができる中心点を用意されたことが御父様の勝利であるとも言え、御父様の勝利圏を相続した私達は勝利の法則、御父様の願いを中心としたアベルカイン一体化の原則こそ統一信仰の秘儀中の秘儀だと言えるだろう。勝利できない課題があるとすればアベルカイン一体化の原則を否定したままで解決しようとしていることにある。先ず言えることは私の中での中心宣布がなされ、カインアベルに分けられ、カインアベルの一体化に私自身が向かっているかどうかが最も問われるところであり、私の外でどれほど一体化を願ったとしても、私の中での一体化を事実上無視しているのであれば、世界がひとつになって地上天国が訪れたとしてもそれは私と何ら関わりのない世界だということだ。地上天国が為されても私は相変わらず私の中のアベルカイン、心と体の闘いに終始しているか、または中心が定まらずアベルカインにすら分けられてもいない。私の中で相反するものが同居したり闘ったりという矛盾性の内包を野放しにしたままで、その矛盾性を認識することもできずに、み旨だ天の願いだと大騒ぎしてもサタンが付け入る隙をいくらでも見出すことができるだろう。み旨を外的な事柄のみとするなら地上のユートピアという幻想を描いているに過ぎない。カインはルーシェルとエバとの霊的堕落の産物、悪の表示体であり、アベルは本来的な相対関係であるアダムとエバから出た善の表示体だ。人間の受胎には本来二通りあって、一つは文字通りの肉の受胎であるけれども、今一つは霊の受胎、ロゴスが降臨して受け取る受胎がある。この二通りの受胎能力の芽をアダムは備えていたけれども、アダムの肋骨を取ってエバを創造した時、肉の受胎機能はエバに渡され霊の受胎機能はアダムに残された。しかしここで忌まわしい事件が起こる。神々の一柱と言ってもいい天使長ルーシェルがエバを誘惑して一体となり堕落させたために、エバは部分的叡智であるルーシェルの叡智を引き継ぎ、アダムも未完成のままエバと交わってしまって、結局霊の受胎機能を受け取るには至らなかった。人間の言葉を発する喉は霊の受胎機能の化石に過ぎないが、喉の本来の機能は神霊(ロゴス)が降臨して言葉を産し、それによって人間をして地上創造、地上進化がなされていく。アベルの系統は神霊によって叡智を受け取る可能性を備えた系統だと言え、カインの系統は人間の知恵(ルーシェルの叡智)によって神界を変える可能性を追求する系統だと言えるかも知れない。アベルとカインがひとつになってメシヤを迎えるように、私の中の心と体が一体となって霊の受胎機能を用意し神霊が降臨する私になる。み旨の勝利は復帰原理で学んだ如くに、極めて原則的に私の中で為される。すなわち信仰基台でありそして実体基台(アベルカインの一体化)だ。勝利する為には神霊を受け取って受胎し叡智を産みださなければならない。その為には実体基台であり、実体基台の前に信仰基台だ。私達の氏族復帰に於ける信仰基台は氏族メシヤ宣言であり、氏族メシヤ宣言をして初めて、氏族のアベルカインが分けられていくようになる。アベルカインの一体化はそこからの話しになる。

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