2009年2月23日月曜日

ドライブ

妻が家庭を持つ為にアメリカに来たのは二十三年前。ワシントンからノースカロライナの片田舎まで五時間かけてバスでやって来た。すぐにもレストランで働いてもらったので二人だけで観光に出かけたことも無い。一、二週間たった頃だろうか、言葉が通じないのと慣れない仕事で基準を下げた。店が終って何処かに連れて行けるような所が無いか頭を廻らしたが、気の利いた所は思い浮かばない。結局彼女を促してドライブに連れ出した。飛行場まで連れて行って其のまま帰ってきただけだが、帰った時ありがとうと言ってくれた。あの時のように妻を連れてドライブしている。あの時のように助手席で一言も喋らず、声をかける雰囲気でもなく、更に今は目的地に着くこと以外何も頭には無い。お互い敢えてそうすることにしている。メディカルセンターの急患までの小一時間のドライブだ。感染したのか数日前から体調を崩している。薬で免疫力を抑えている為、感染した場合は要注意となるし、臓器まで感染すると手に負えないので処置が急がれる。お互い心配をし始めるときりが無い。だから敢えて今やることだけを頭に入れて、後は捨てる。急患に着くまでは唯のドライブだ。彼女が基準を下げて連れて行った、あの時と同じドライブだ。背もたれを少し傾けるように言ったから幾分楽そうにしている。環状線は昼の間は渋滞でフリーウェイとは言えないが、五車線が遠くまで見通せる深夜のドライブは快適だ。アクセルをふかし気味に、追い越し車線を快走する。何かある度にその都度片道70マイルもあるメディカルセンターに向かうのだが、近くにあればとどれ程思ったか知れない。しかし今はこの距離が有り難いと思うようになった。高速を降りると、シートを座りなおして大きく息をする。着いてからの段取りと心構えを準備する。妻も私に合わせて背もたれを直し、眠れた訳でもない目を開ける。ダウンタウン特有の排気があちこちで蒸気を上げ、オレンジ灯の鈍い光に輪郭を表す巨大な建物群の一つに、思い切りハンドルを回して横付けした。

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