2009年12月15日火曜日
帰郷 (二)
義父は足を悪くして医療用のベッドで寝起きしている。そのベッドが大きい為同じ部屋に二つのベッドは置けないようで、義母とは別の部屋で休んでいる。義父のベッドの横に布団を敷いて休むことになった。直ぐにも寝息を立て始めた隣で、静まり返った空気に身を沈めるように横になった。静まり返った空気とは対照的に、自分の内面に声をかけてくる多くの霊を感じている。何か自分がここにそぐわない、新参者のようにも思えた。横になって休むのに肩身の狭い思いがする。でも十分それは納得している。祝福を受けた者として氏族や先祖に対してのそれなりの位置がありながらも、自分は何もしていない。氏族復帰に対する精誠条件も想いも明らかに足りない。責められて当然なのだ。申し訳ない思いを差し出すしかなかった。そしてこの小冊子を今回手渡すことが、今の自分に出来る最も大切な氏族復帰の為の儀式だった。明日の朝ここを発つ前に必ず行使することを誓った。あまりにも小さな条件には違いないが、その決意と覚悟を備えることが先祖の霊に取っては砂漠の中での一杯の水に等しい。悲しくも無いのに、横になったままの私の目からは涙が溢れ出る。霊達の供養が為されている。私自身がどれほど申し訳ない存在であっても、彼らにしてみれば霊的生命への橋渡しは私と私の家族しかいない。彼らに取って選択の余地はないのだ。私にすがるしかない切実さを思い知った。義父は朝五時には上体を起こしていた。私が目覚めたことに気付くと、唐突にも、送られてきた御父様の自叙伝について話し始めた。戦争を身をもって体験してきた者にすれば、平和の重みは揺ぎ無いものとして内的に培われている。決して手放しで賛同し応援してきた立場ではなかったし、娘を奪われたようで御父様へのわだかまりも未だにある。しかしながら平和と銘打った題名に惹かれるように読み進めていったことを義父の口から直接聞くことが出来た。一通り話を聞くと自然な形で小冊子に触れる事ができ、これも是非に目を通して欲しいと伝えて手渡した。彼は両の手でうやうやしく受け取りながら机の上の本立てにある自叙伝の隣に収めた。机と本棚がみ言が収められた祭壇となり、端向かいにある仏壇の存在感が幾分寂しく感じられた。
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