2013年6月8日土曜日

今日の想い 574

80を超えた親の方がよっぽど気力も体力もあるだろう。検査で病院まで連れて行って帰ってきたが、夕食を少し口にしただけで、席を外してソファーに寄り掛かると、うな垂れたまま寝入ってしまった。ひどい貧血なのに検査で何本も血液を取られてしまったと言うのが、帰りの車の中の彼女の恨み言だった。採血したのならその分継ぎ足して置くべきだろう。生気のない体を揺すって起こし、ミルクと熱いお茶を少し飲ませてから、床に就くように促した。立ち上がるのも大変そうだったが、物も言わずに、背中を丸めたまま隣の寝室に摺り足で移動していった。彼女の足場の時間サイクルは何倍も早いらしく、どう見ても親よりは早足で歳を重ねている。生きたい執着は人一倍だろうに、どうしてそんなにサイクルを早めてしまうのだろう。いろいろと提言もし、しつこいくらいに薦めてもみたが、返事だけは返るけれども一向に行動に移す気配は無い。頑なで素直でない彼女の内面に、隣にいる私は途方に暮れてしまう。けれども、彼女を見ていて神様も私をそんな風に見つめておられるだろうと、神様の気持ちが少しはわかる気がする。それでも神様が私を裁かないように、私も妻を裁けない。二人とも頑なな心を抱えた、同じ悲しい人間だ。労わり合い、慰めあって生きるのを神様は咎めはしないだろう。あれもしないこれもしないと声を荒げる神様ではないだろう。お互いの傷を舐めあい、少しばかり癒されて、そうして少しばかり為を想う余裕が出てくれば、またその時に出来る限りの精誠を供えていけばいい。やはりまだ離れることのない、当分無縁になりそうもない人間の悲哀を今晩は味わいながら、妻の足をもみ、妻の体をさすりながらそのまま休む事にしよう。

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