2013年11月27日水曜日
今日の想い 665
再度切り裂いた腹の痛みだけに留まらず、胃の激しい痛みまでも併発した。耐えられない傷口と胃の激痛を外に押しやらんとばかりに吐いて、さらに吐いて、を繰り返す。胃の中には何も入ってはいないはずだが、血液に注入される点滴液を逆に胃の中に染み出させて嘔吐しているらしい。手術を終えて丸三日、その状態が続いた。甘受できる状態はとっくに越えていて、生きてのた打ち回る地獄を彷徨っていた。唇が痙攣で震えている。浮腫んだ瞼は閉じられることはなく、半開きの淀んだ目であったり、かと思うと急に見開いて視線を空に泳がしたり、明らかに異常な状態だった。震える口で何かいいたそうだと思って耳を近付けると、「外を歩いて来たから熱い。早く家に入らないと。」と微かな声で呟いた。混乱していた。さらに今まで傍で付き添っていたにもかかわらず、いつ来てくれたのと光の欠けた視線を私に投げかける。私は私で、彼女の地獄とは違う地獄に突き落とされてしまった。一瞬途方に暮れた。僅かの光も消え失せた。激痛から逃れる為に心魂を肉体から遠ざけ、夢うつつの出来事と現実の区別をなくしている。寄せ来る幻覚が現実空間の中に広がっている。私は、それまで一瞬だに離れなかった妻のベッドから離れて、その集中治療室の窓際まで足を運んで背を向けた。背後では時折笑い声さえも起こるナース達の快活な会話が弾んでいた。隠しはしたものの目から溢れて流れ出たものが外の光を受けて反射し、自分で眩しいと思った。嘔吐が止まらないのでナースはチューブを持ち出し、鼻から進入させると私に言う。感情に沈んでも時間を止められるわけも無く、次から次へと対応が要求されて否が応でも前に前に進ませられる。妻としては以前経験済みだが、それも撥ね付ける不快なものとしてだが、それでもナースの威圧に負けたのか今回は仰け反りはしなかった。それでもチューブが太すぎたらしく、顔をしかめて苦しい声を発した。ナースも状況が直ぐにわかったのか、細いものを探しに部屋を出た。妻は残っている今一人のナースに、せっかく買ってきてもらって申し訳ないけれど私には合わないです。と随分丁寧な日本語で、さらに愛想笑いまで添えて詫びた。いつもの彼女であれば不快な表情を隠そうともせず、睨み付けんばかりに言葉を返すはずが、混乱しているせいか、もちろん正常なら日本語で相手に話すわけないのだが、それでも随分謙虚で、妻なりのいっぱいの申し訳なさで恐縮している態度に、それまでの私の言い知れぬ気持ちはいくらか癒された。もしこのまま正常を取り戻さなかったとしても、二人は十分やっていけるとそのとき確かに思えた。二人でひとつであるところの私の片割れが妻だという、その感慨が急に溢れ出して涙は別のものに昇華した。
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