2026年1月6日火曜日

今日の想い 1435

 「夕日がとてもきれいだね 野垂れ死ぬかも知れないね」...NHK朝ドラばけばけの主題歌、笑ったり転んだりの歌詞の一部だ。この歌を聞くたびにアボジの例のあのお話を思い出す。既に記したことはあるが、「平和の主人、血統の主人」の中の例の話だ。障害のあるユクムソク夫婦の話だ。十一月に雪が降り始める前にアボジの故郷に訪ねてきて、昼食を準備して松の木陰の、夕焼けのとても暖かい所で二人で食事を取りながら、二人で寄り添って座り、喜びながら眠りについて、そのまま逝った...という話だ。このお話は決して不幸な夫婦の、かわいそうな死に際の話ではない。前置きに目を通すと、障害者の男性を夫に迎えたとしても一緒に暮らせないとなれば、天国には行けず相対がいないまま死ねば消えてなくなり、障害があったとしても、結婚して一緒に楽しく暮らせば生活において天の国がすべて待遇してくれる、、という、絶対愛絶対性に繋がる夫婦愛の話だ。はたから見ればこの夫婦は野垂れ死んだわけだけれども、彼等は夕焼けの暖かい最高のシチュエーションで寄り添い喜びの中で人生を閉じた、うらやましいほどの天の保護下にあった。私はこのみ言葉のこの一節に目を通すたびに、霊的な内容に価値を見出すことに疎く、この世的肉的なやがては消え去る価値観に毒されている、それこそが堕落性として私の中に居座るサタンだと再認識させられ改めさせられる。父の葬儀がやっと終わったと、いくらか安堵に浸ろうと思った途端、今度は相対が肺炎を患い入院するはめになった。ここ数年は透析で安定していたが、年なのか寒さのせいなのか感染に応戦できず弱くはなっていたということだろう。波乱の幕締めからの波乱の幕開けだ。私の人生には、大変なとき常にその時々の励ましの歌が寄り添い、そのメロディーや歌詞が背後で流れている。息子が大病を患った時もそうだった。相対が長時間の手術に臨んだ時もそうだった。そして昨年の暮れからは「笑ったり転んだり」のメロディーが流れて寄り添ってくれている。私は天の保護下にあって、消え去る孤独な存在ではない。

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