2026年1月27日火曜日

今日の想い 1446

日本が韓国を理解できないように、おそらく食口であってもその実態を知ることになると、本部の教会の中心で起こっていることは受け入れられないだろう。解散命令がでるほどに追い詰めて責めて責められて献金してきたのに、その献金がどう消費されてきたか。最悪、摂理として広げた事業が回転せず、そのマイナス分の維持費に使われてきたぐらいにしか理解していないだろう。韓国人の魂は日本人のそれとはまったく異なっている。人生の捉え方から異なっている。学ぶみ言葉は同じでも、その行動は真逆だったりする。簡単に述べるなら、自我の明確な韓国人と自我の曖昧な日本人ということになる。公的であろうが私的であろうが、自分の意見や意志を明確に示し、それにそって行動する韓国人に対して、明確な意見も意志も曖昧で、声の大きな者などの従う誰かを常に探していて、それに合わせて行動する日本人という具合だ。韓国人は食口であっても、責任ある位置にあればそれに見合う環境や報酬を得るのは当然で、それがないなら責任を全うできないとも思っているはずだ。安っぽい出で立ちで、相手に合わせる趣味の話もできずにビジネス交渉もできないし、トップ外交もできない。日本の食口から見ればただの私欲で分捕っているようにしか見えないが、彼等には彼等の言い分がある。実際己の欲を強くし、それを動機にして這いつくばってでも成り上がってきた多くの僑胞達が日本にも世界にもいる。問題は、余りにも多額のマネーが随時日本から送られてきたことだ。また自分で主管したこともない額を容易に手にすることになったことだ。自分で汗水垂らして稼いだお金と、転がり込んだお金とは意味合いがまるっきり異なる。彼等にとって日本からの献金は悪銭でしかなく、当然身に付かず流れてしまう。私達は万物主管という原理のみ言葉がありながら、お金をモノとしてしか見ていなかった。日本で集めたお金は、命と愛を引き換えに我が子を取り戻したように受け取ったお金だったのかどうか。子供を差し出すように献金し送金したのかどうか。その想いあればどう使われているかに関心が行くのは当然だし、口を挟むなと言われれば止めることもあり得ただろう。以前にも記したことがあるが、韓国の問題も日本の解散命令問題も、万物の反乱としての一面は確実にある。万物主管に対して、本質に近い概念を得た食口に会ったことは一度もない。

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