父は生前、「なんもええことはない はように死んだほうがええ」と口にするようになった。母から小言を言われた時もそう言うし、体に力が入らず立ち上がれないときもそう言うし、トイレに間に合わず粗相をした時もそう毒づいていた。そう楽に死ねるもんでもないでと返すと苦笑いで応酬していた。子供のような父で特に家の中では好き放題の言いようで、父がいない今でもどう返していいものか考えている。父の臨終に立ち会ったし、葬儀も行い骨も拾った。父の死は明らかなのに、しかしそれでも未だにこの世から父がいなくなった実感はない。老後に構えた家の玄関を開けて、居間のドアに付いているガラス小窓から前と同じように父が見えると思っているし、オンラインの囲碁のやり方を教えて結構のめり込んでいたが、いらぬところを押してパソコンがフリーズすると必ず連絡してきていたのだが、未だにその電話を待っている私がいる。父の死を受け入れるも何も、私のどこかで死んではいないと思っていて感情がどうなのかという段階には至っていないらしい。確かに通夜や葬儀の手配、喪主代理としての挨拶、香典返しや更には法要の手配もあったり、役所での手続きやらもあり体が忙しく心は置き去りのままなのはそうだろう。そうなると四十九日の法要が終わって、やっと自分の内面に父の死が刻まれるのだろうか。母は今のところ元気ではあるが、なんせ92なのでそう遠くはないはずだし、妻は透析患者で最近滅法弱くなってきているし、次から次へと忙しい日々が待っていると思うと、ひと段落する頃には私自身が参ってしまってあっさり死の門を潜るのかもしれない。若い頃に悩み抜いたり、思慮もなく行動したり、み旨だ摂理だと走り回った時代がなかったかのようすっぽり抜けて、どう介護するかどう送るかの老後が自分の人生の大半のように思えてしまう。
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