2008年12月1日月曜日

遠方より友来たる

遠方より友、来たる。彼よりは大きくなった子供四人連れて、妻の眠るセメタリーがあるこの地にやって来た。毎年、夏の墓参りは欠かさなかったが、今年は諸般の事情で、このサンクスギビングホリデーとなってしまったようだ。必ず家族全員揃って来るところが偉い。時は矢の様に過ぎ去り、事故が起こってから既に三年の月日が経つ。彼自身、悩みや苦労話など内的な事はあまり話そうとしないのでよく解らないが、今に至るまでそれなりの結晶化される魂の在り様に落ち着くまで、相当の内的精製路程があったはずだ。一人一人の子供に至ってもそうであろうし、未だその過程に今もあると思う。遅くに着いて皆疲れきった面持ちで、やっと私の店で食事にあり付けた風で物静かに食事が進む。しかし一つ二つの質問を投げかけると笑みを浮かべて誠実に答えてくれる様子を受け取りながら、亡き母に護られて今日まで来た事がストレートに伺える。彼ら家族に取って晴天の霹靂とも言える事柄が襲い、本来なら言いようの無い恨みや遣り切れなさが残って、二次災害とも言える問題が起こっても不思議ではないが、天は良く知っているようでそれに耐えうる魂の力を既に彼らに用意していたのだろう。全ての子供に何の暗い陰もない。母の想いがそのまま彼らの胸に育ち、意識するせざるに関わらず母と共にあるのだろう。ほんの短い時間であっても彼らに接していると、そこにY子さんの声が今にも聞こえ、香りだって来るほどだ。特に二番目の女の子は彼女に生き写しで、内的な様相もそっくりで見ていると彼女がそこにいるような感覚があり懐かしさの涙で目を潤してしまう。家族の事にしろ店の事にしろ、まだまだ苦労は付いて回るだろう。しかし霊的に見るなら輝く日々を送っているのは明らかだ。霊界に於いてその輝く日々が珠玉のように連なり、かけがえの無い愛の結晶となって彼らの霊界様相、霊界環境を鏤めるのだろう。その光り輝く様を彼らの澄んだ黒い目の一つ一つに見て取れる。どんなに疑おうとも疑いきれない真の愛の証の実体がここにも咲いている。

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