2011年6月29日水曜日
先輩に会う (一)
久しぶりに先輩食口に会ってきた。親が心配なので日本には努めて帰ってくるようにはしているが、東京の方はいつも素通りだった。経費も嵩むしどこにも寄らず、まっすぐ田舎を訪ねて親の世話をした方がいいと思ったからだ。今回は成田広島便が取れなくて、仕方なく東京に寄ることになったのだが、そのお陰で会うことが出来た。朝に宿から電話を入れると、娘さんが受話器を取った。私の説明を終えて本人に会いたい旨を伝えると、それは父が喜ぶと気の利いた返答を返してくれた。しかし夜勤のために今寝ているので、起きてきたら電話させるようにするということで番号を伝えて一度は電話を切り、今午前十時をまわったところだからもう少し時間が有るなと確認した矢先、レンタル携帯から呼び出し音が響いてきた。まさかとは思ったが、寝ているはずがどう知り得たのか、先輩食口からの呼び出しだった。もしもしと言い終るか終らないかのうちに、何々さんでしょと聞きなれた高音が耳に飛び込んできて、こちらが説明する間もなく向こうから一方的に懐かしがられ、そして一方的に会う手配も時間も指定して電話は切られた。確かに先輩はこんな性格だったと思い起こすと、呆気に取られながらも二十年経って今尚変わらないところが微笑ましく感じた。いざ会うことになると相手の視線に私はどう写るだろうかと急に心配になってくる。体形も随分変わったし、頭も顔つきも年以上に老けてきたので、会った時の印象で残念に思われたらどうしようと、見合いにでも行くような気持ちになった。そんなことはどうでもいいと自分を納得させて、報告すべき事柄を箇条書きに頭の中に並べていった。滅多に会えないと思ってここ二十年分の伝えたいことを残さず伝えたかった。山手線の駅から二百メートルくらい歩いたところに指定されたホテルはあった。ロビーは広く落ち着いた雰囲気の場所だった。約束時間の十五分前に着いて、広いロビーをまわりながら腰掛けている人々の顔を伺って行ったが、まだ着いていないようでそれらしい顔は見当たらない。しかしひとまわりして幾分心配になった。それ相応の年恰好の人は結構いる。なんせ二十年の年月が過ぎている。声のトーンは同じでも見かけは相当変わって居られるかもしれない。そんな心配は杞憂だったと思うほど、昔のままの若々しい先輩がキョロキョロしながら昇りのエスカレーターから顔を覗かせ、私を認めると左手を上げて足早に近付いてきた。
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