2013年3月13日水曜日

今日の想い 543

心情を蹂躙する者は、自分の言動を心情蹂躙だとは思っていない。そこにどれだけの相手を縛りにかける言葉、要するに呪いの言葉を使って吐きすてているかの自覚がない。悪なる感情衝動のおもむくまま、相手を想いやる良心を宇宙の果てに追い遣って、吐き出す言葉に何らの主管統制もかけられてはいない。私はこの呪いの言葉を自分にかけられて初めて、兄弟に対して、従業員に対して、同じような言動を私もしていたかも知れないと気付かされた。気付かされて自分自身が恐ろしく思えて身震いがした。ひょっとしたら私は、経営と称して呪いの言葉を使っていたのかも知れない。おそらく相手との遣り取りの中に、パワーハラスメント的な、給料を下げるだとか辞めさせるだとかのニュアンスを込めるということが、相手への縛りをかけることになっていたのだろう。勿論甘えが蔓延すれば店は傾いてしまうので、責任者として公的に強く出る場合も必要だが、そこにどんな感情が込められているかをよくよく見極めなければ、相手の心情を害してますます溝を深めて事態を悪化させてしまう。私の心の奥をえぐるような今回の仕打ちが、私に一体何の落ち度があって寝るに寝れない程の内的痙攣、内的麻痺を浴びせられるのか、最初はまったく理解できなかったけれども、今となっては、確かに天の父母様は生きて私に訓練を与えておられると身にしみて感じ取れた。天の父母様は反面教師を私に宛がわない限り、私は悟ることができなかったはずだ。

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