2012年12月18日火曜日

今日の想い 506

再度のオバマアメリカの4年が始まる。大統領選の共和党民主党の政策論争の焦点は、やはり経済政策だった。勿論世界経済をどう牽引していくかではなくて、内向きの視点から国の経済をどう成り立たせていくか、雇用と税金、社会保障をどうするのかが争点だった。アメリカはキリスト教建国精神が立っていたが故に、神様の愛する国であり神様の加護があったはずだ。しかし今、その精神は形骸化してしまっている。経済政策をどうこうの前に、国の柱として立たせるべき精神がある。国の骨格としての精神が立たずして、どうして経済という血肉の部分を盛ることができるだろうか。今こそ建国精神に立ち返るべきだと訴える候補が出てくるべきなのに、それを産み出す国家的気概、米市民の気概は今のアメリカにはない。経済政策の為に影を潜めていた同性結婚、市民婚、中絶問題をどうするかの方が私達の教会にとっては関心事で、選ぶとすればロムニー候補だったけれども、彼にどれほど建国精神が立っているかは私にとっては疑問だった。アングロサクソン独特の傲慢さが表情や口ぶりに垣間見えて気になった。どちらが立つにしても問題は山積みで、どちらが立つにしても摂理から距離を置いてしまっている。即ち建国精神を失ってしまったアメリカに背骨を入れられるわけでもなく、アメリカが御父様の切実な願いに対した当時の分水嶺の状況で、ブッシュ親子が結果的に御父様の願いからずれてしまったことは、アメリカにとって国を失うほどの摂理的失敗だった。2010年11月22日、天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会が実際はニューヨークで行われたけれども、ワシントン、ニューヨークと題されながらワシントンで行われなかった意味を考えてみるべきだ。あれ以来、御父様はワシントンの地を踏まれてはいない。同じ大会をソウルに、そしてラスベガスを経て、更に仁川からヨーロッパに繋げていかれたその意味を考えてみるべきだ。ラスベガスもアメリカだと思うかもしれないが、御父様の中には領土権で引っ張られた線の認識はなく、ラスベガスを中心ワシントンに繋がるものとして把握してはおられなかったはずだ。明らかに摂理に対するアメリカの主要な部分を諦められ、ソドムゴモラの地、悪の巣窟ラスベガスに天の陣を張られた。今回のオバマの再選を見る前に御父様は聖和された。以前御父様は、アメリカは34年間御父様に侍らずに滅びるようになった、と話された。そしてアメリカを捨てて行くがその代わりに教材をつくり、教材に侍って立てることを願われてアメリカを後にされた。もはや実体の御父様に直接侍ればよかった機会を永遠に失い、覇権国家の滅びの道を余儀なくされたのであり、国家として生き延びる道があるとすれば教本教材に侍る道だけだ。