2012年12月29日土曜日
今日の想い 513
この世にはない、まったく新しいものを創り出すことが私達の使命であり、そこにこそ心魂を注ぎ込んでいくべきだ。この世に既にあってその輝きへの憧れを抱いたところで、そしてそこを目標として目指したところで、所詮この世の模倣に過ぎない。統一食口は、特に二世は、そんなことで新しい天地を見出したと言うことはできない。今までになかった光が差し込む新しい世界観を持った御父様の子女だと証しできない。この世に引けを取らないようにと競争意識を持って証しするのもいいが、御父様の子女であるなら、人々が目を見開くような様々な創造性を発揮すべきだ。あらゆる分野で今までになかった全く新しい何かを人類に差出し、人類を希望的未来へと牽引していくべきだ。その燃える気概を備えてこそ、統一勇士の名に相応しい者だといえるだろう。天と地、霊界と地上界はひとつになる。その内的霊的意味をよくよく理解して私の中に落とし込まないと、私の意識は地上に釘付けされたままだ。地上で肉体の中に住みながらも天上の神霊と授受できることが、私の意識にとっての天地がひとつになる意味だろう。神霊と交わり、叡智を得てこそ私は創造が為せる。新しいものを創造すればそれで良し、伝道しなくてもいい氏族復帰しなくてもいいと言っている訳ではなくて、伝道を本気で考え氏族復帰を本気でしたいのなら、それができる環境要件を整えることが必要だと感じて当然だろう。霊感商法や教会のゴタゴタでイメージが悪くなったから難しい、確かに今の状況で声をかけ話してみたところでうまくいくはずがないことは目に見えている。それでも霊界を信じて闇雲に飛び込んでいくことを御母様は本当に願われているのだろうか。私達は霊界を信じるといいながら、実のところ周りに合わせて無分別に飛び込んでいくことが私達のあるべき信仰姿勢だと思い込み、霊界を信じたつもりになっているだけかも知れない。闇雲に飛び込む度胸があるなら、そのパワーを環境用件を整えるために使うべきだろう。エサウがヤコブに屈服したように、この世が私に屈服する為には、彼らに与えるものがあり彼らが見上げるものがないかぎりは屈服のしようがない。彼らが仰ぎ見る何らかの権威なり名誉なり財産をもってしか、伝道なり氏族復帰の環境要件は整えられない。講論を手にし自叙伝を手にしただけの私の言葉に耳を傾ける者がいるとすれば、既に当の昔に復帰されているはずだ。しかし環故郷で教会から遠ざかってしまったように、環境要件を整えることを手段としていたのが、逆に環境に主管されてしまって、伝道への想い、氏族復帰への想いが失せるなら元も子もないだろう。全てを捧げてきて未だに裸同然ならその心配はないかも知れないが、環境要件を整えていけば多くの食口がカナンの先住民に同化してしまう心配は確かにあるだろう。しかし私達は環境に同化するのではない。環境に新たな創造の光を差し込み、私達が環境を主管し、アベルとしてカインを屈服させ、彼らを伝道し氏族を復帰する。、、、ここまで書きながら、それもこれも、本来基元節を迎えるまでにすべきだった私達ではなかったのだろうかとふと思わされる。