2008年10月27日月曜日

みそぎ

そこら中が草いきれでもうもうと臭いたち、至る所に虫くれが這い回る故里の草屋で、見えない暗い影に怯えながら暮らしていた。裸電球が僅かに囲炉裏端は照らしても、すすくれだった垂木が渡る天井の奥までは届かない。障子戸に大きく薄ぼんやりと人影が写り、子供にはそれらが不気味に見える。土間からかわやに通じる渡しには、一頭収めるだけの牛舎があった。牛は知らないうちに処分され、静まった暗がりに広がるその空間が怖くて、夜中かわやには行けなかった。大事なところが腫れるとたしなめられても、まだ外で用を足す方が良かった。得体の知れない何かが自分を覆い、どす黒いものが内まで侵入して魂を食む。自然に圧倒されながら、自然が美しいと思えたことは無かった。自然は妖物の化身としか思えなかった。しかし冬になり雪が降り始めると、全てが純白で覆い尽くされる。地に散乱するもの全てが、怯えていたもの全てが、幾重にも幾重にも覆われていく。雪深く真っ白に覆われた故里だけが好きだった。田畑を覆い山を覆い、藁葺き屋根の家々をすっぽり覆う。吹雪で視界は霞み、風が物悲しい笛を吹きながら雪面を這う。冬眠するように皆閉じこもり、全ての存在が身体を丸めて思いに沈む。粉雪を舞い上げていた風が途切れ、そして深い静寂が訪れる。その狭間こそ不純な要素ひとかけらの侵入も許さない神の領域。冴え渡った大気に氷晶を鏤め神界への扉が開かれる。冷気で顔面の皮膚がカチカチになりながらも、体が冷え切るまでその場に身を曝した。自分が生きる何かが、その神聖な場で届けられていた。得体の知れない何かに苛まされる身体は、寒冷のつるぎで憑依するそれらと一緒に突き通されながら麻痺し、魂の深みにある自分のみ神界への門を通っていく。

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