2010年12月7日火曜日

帰郷

帰郷するたびに潰れそうなあばら家を見て胸が痛くなる。元々が安普請の上に七、八十年の風雪に曝されたまま今に至り、その間何の手も加えてはいない。年々老いが進んで小さくなっていく両親を目にするのも胸が痛いが、それと同じくらい傾いた小さなあばら家は見るに切ない。二人が寝起きする一部だけでも改築できないだろうかとも思うが、細い柱で建てられた崩れそうな家は改築という選択は無さそうだ。老夫婦であってもここで生活しているから何とか家の原型を留めてはいるが、空き家にでもなれば三月と持たないだろう。良くも悪くも住人の老いがそのまま家の状態に反映されていて、この潰れそうな家がそのまま二人の姿に違いない。ガタは来ているがそれでも生き永らえている。恐らく新居にでも移転すれば肌に合わなくて一変に体を壊すだろう。着慣れた服でこそ落ち着くように、どんな状態であれ住み慣れたそのままの状態が二人に取ってはベストなのだ。思い出や記憶の中にこそ夫婦や家族の生きてきた証しが見出されるのであり、そしてその殆どがこの住んでいる住居と切っても切れない関係にある。思い出や記憶に取ってはこの住居に血が流れ、神経が張り巡らされている。田舎だからそんなに立派に構えた家は何処にも見当たらないが、それでもうちの家は他のどの家に比べても月とスッポンだ。便所は未だにおつり式で昔の厠特有の臭いに包まれ、窓も壁も隙間だらけ穴だらけで、ストーブを切れば忽ちに霜が降りる外側の冷気と同じ部屋の状態になる。今回寝起きした数日の中で、風が朝まで吹き止まぬ日があったが、家が一晩中ギシギシガタガタと音を立てて一睡も出来なかった。そんなお世辞にも整った環境とは言えないが、それでも二人は今のところ大病もせずに動いている。指し当たって手をかけるほどの金銭の余裕もないし、心配をかけまいと黙っているだけなのか親の口からどうこうしたいということもないので、取り敢えずは柱の一つ一つに頑張ってもらうしかない。この冬、せめて大雪に見舞われないことだけを案じて、後ろ髪をひかれながらも田舎の家を後にした。

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