2010年9月26日日曜日

秋口の思い出

小学三年生に進級すると、新しい担任の先生がクラスを受け持った。こんな田舎には珍しく、若い女性の先生だった。おそらく初めての就任地だったのだろう、僅か十二人の児童の前で硬い挨拶を緊張した面持ちでされた。糊の効いた白いブラウスと新調の紺のスカートとは裏腹に、何か悪さをして前に立たされたような面持ちで、ひとりひとりの児童を不安げに見渡しながら、それが返って親しみを覚えさせた。毎朝先生が教室に入ってくると立ち居振る舞いを誰もが注視しながら、田舎にはなかった空気を感じてクラスは活気付いた。次第に慣れてくると、先生というより友達のように、個人的なことも隠すことなく話したり聞いたりするようになり、誰からも好かれたけれど、特に男子の関心は特別だったはずでクラスの女子は幾分浮いていた。或る朝、腰の左をかばいながら登壇されるので、ひとりが理由を聞くと、滑って転んで傷つけたことをみんなの前で話してくれた。冗談で見せて欲しいと誰かが言うと、何の躊躇もなくスカートのジッパーを下ろし傷ついた場所を披露しながら、どれだけ痛いかの理解をみんなに求めた。傷ついた箇所より腰の白い肌に男子は目が行って、気恥ずかしさで黙ってしまったが、その気配を気にもしない或る意味天真爛漫な先生だった。そんな先生が或る休みの日に私の家まで訪ねてきた。何かあったのだろうかと母が不安げに尋ねると、申し訳なさそうな口ぶりで私を預かる了解を求めた。ピクニックに私を誘いたいと言うのだ。陰で会話を聞いていた私は断りたい一心だったが、弁当持参で尋ねてくれた先生に母が丁重に礼を述べ、私を呼び出すのでどうすることもできなかった。玄関先に顔を出すと、暗い土間に不釣合いな、淡いピンクのサマーセーターの先生が立っていた。軒下に散らばったツバメの糞に気付かず綺麗な靴で踏みはしないか心配しているうちに、母に促されるままに先生に従い家を出ることになった。日は既に高く、秋口と言えども日差しは強かったが、一歩外に出ると涼しい風が先生と私を包んだ。距離感が何とも気恥ずかしくて、誰か級友に見られはしないか心配で、自分の気配を少しでも消すように、間を少しでも空けるようにして付いて行った。歩きながら先生は振り返って私の優しさとおとなしさに触れ、更に私のそこが好きだと告げた。先生に取っては深い意味はなくとも、余計に緊張させ私の口を閉ざさせる。裏山への道に差し掛かると、一級下の友達に出くわした。私には先生とふたりだけではとても気まずくて、居合わせた彼を誘って取り込まざるを得なかった。先生の顔が陰ったように見えたけれど、私に二人だけで行く選択は苦痛だった。おしゃべりな彼に先生の話し相手を押しやって、やっと安堵の思いで軽くなった足を運んでいった。民家が遠のくに連れて少しずつ開放感に包まれてゆき、周りの景色を見渡すゆとりや、先生の足元を気遣うゆとりも持てるようになった。

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