2012年9月9日日曜日

今日の想い 454

今は、みんな聖和式を迎えることに意識を使っていて、それでいっぱいだろう。ひとしきり悲しみもして、ひとしきり回想もして、そして御父様に感謝も捧げただろう。しかし、、、聖和式を超えても、これからも明日という未来へ向かう挑戦への扉は嫌でも開き続ける。聖和式を終えてみ旨が為される訳でもないし、ひと区切りつく訳でもない。御父様は基元節を目の前にされて、基元節を見ずに霊界の御父様となられた。これから、地上の御父様という実体からの直接指示を仰ぐことなく、私達はどう基元節を迎え、どうみ旨という責任分担を抱えて行ったらいいのか。折りしも、内紛を抱えた状態で、御父母様を中心として全食口がひとつになっていたとはとても言えないだろう。実体の御父様不在であれば、彼らが帰って来て許される道も閉ざされ、普通に考えれば益々その両袂は分かれていかざるを得ない。しかし、それでもみ旨を進める為にはひとつにならざるを得ないとなると、霊的な御父様はどう戦略を立てていかれるだろうか。最後の大戦に巻き込まれ、北朝イスラエルをアッシリアの手に渡してあっさり滅ぼされ、南朝ユダを立てられるだろうか。それとも、地球の大変動に合わせて、御母様を中心とした青銅の蛇を掲げる群れをバックアップされる形で、み旨は大前進するだろうか。或いは様々な状況が入り混じってその混乱の中に一旦は投げ入れられるのかもわからない。火種は世界のあちこちに燻っていて、いつ何処で炎が燃え上がるかわからない。特に中東情勢は戦争突入も時間の問題で日中情勢の比ではない。そして図らずもこの9月に入って、大地は地球規模的大変革の予兆を感じさせている。かつてノアの時代に大陸が消え去って大移動が起こったように、太平洋のプレートが隆起して北米のプレートが逆に沈下するかも知れない。アメリカも含めて国の規模で地盤沈下が起こってくる。平和の主人、血統の主人のみ言葉にあるように、太平洋プレートが隆起すれば、北からハワイ諸島に連なる海底山脈は隆起して、その龍の背を見せるだろう。地球がどう生まれ変わるとしても、私達は肉体として生き延びることが問題ではない。何処にいてどうなろうがそれが問題でもない。御父様が全てを犠牲にされてみ旨に献身されたように、私達はこれからも死生決断で御母様を立て、御母様に従い、残された御父様の宿願を全うするのみだ。聖和式が名前を変えた葬式にならないように、御父様の意志を如何に受け継ぐのかを真剣に模索するときに、聖和式で内的霊的な御父様との出会いがあるだろうし、聖和式が私自身の新たな正しい出発となる。