2013年10月28日月曜日
今日の想い 650
統一食口にとって、この地上を主管できる最も大きな鍵を見つけようとするなら、御父様が愛された海をどれだけ活用できるかによるだろう。海への認識を深め、無尽蔵の食糧、無尽蔵のエネルギーが眠る海を目覚めさせて活用できるなら、私達の力は世界を席巻できるはずだ。その一環として水産事業を事業体の核として置かれた訳だが、実情は何とも情けなく申し訳ないとしか言いようが無い。アメリカの水産事業は未だ共産主義者達に奪われたままだが、しかしそれも水産流通事業に限られたままであって、そうであればこの世の事業と比べてさして変わり映えは無く、御父様が見通された海への可能性を十分見据えて投入してきたとはとても言えない。もちろんそう言う自分も店のオヤジでしかなく、御父様が、お前達は食堂のオヤジのままでいいのかと問いかけられたことがあったが、願いに応えられない私は霊界で御父様に面したとき顔を上げることすらできないだろう。店の売上アップに汲々とし、コスト管理、人事把握、従業員教育に追いまくられる毎日で、店のどこに御父様の海への想い、水産への願いが込められているのだろう。み旨なのか生活なのかと問われたとき、はっきりとみ旨ですと胸を張ることできる私はいない。指を折って数えるだけになってしまった店の責任者達が、顔を突き合わせて生き残る為だけの話題しか上らない状況を御父様が御覧になって、何を思われるだろうか。御父様の想いを相続して、海を愛し、水産事業を育て、これぞ海洋摂理と言えるだけの内容を世界に提示する私達にならなければならない。それでこそカインの正道として天が認めるのであり、カインにもなり切れない腐れ者のままで余生の生活を心配するなら、祝福家庭の名を辱めるだけだろう。御父様が愛された海にこそ私達が気付くべきものがあるはずだ。必ずあるはずだ。私と御父様が切っても切れない関係にあるように、私と海、私と魚も切っても切れない関係にあることを認識すべきだ。私は祝福家庭であり統一家であるように、私は海族であり魚族だ。海族の頂点、魚族の頂点に立ってこそ海の主管権、魚の主管権を相続したと言える。御父様の海への想いを私達統一食口で成就する。
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