2013年12月8日日曜日

今日の想い 669

人は現実の中で生きている。それは他に言いようの無い事実だ。地上界という実体世界で起こる現実に否応なく対処しなければならず、波立つ感情に翻弄され続ける。地上の元素を持つ肉体に住まうとはそういうことだ。人は現実の中で生きているけれども、しかし現実だけを足場にしているかというとそう言うわけでもない。現実という実体圏に押し込まれ捕らわれの自分を一方で生きながら、一方で理想という創造圏に生きている。人間は本来、創造結果でもあるけれども創造原因でもある。結果である地上界と原因である霊界の接点で、どちらにも足場を置くことができる地上と天上の和合体が人間本来の位置だ。霊的無知によって霊界の事実、より原因的であり創造的であり、よって地上に対して主体的な霊界との関わりが持てないために、和合体の司令部であるはずの人間心魂が安着できないでいる。それ故に翻弄され続ける。御父様という天宙代表の本家本元が中心位置を見出されて長子権、父母権、王権を定着されたので、御父様を中心に霊界と地上界は統一される。霊界と地上界が統一されれば霊界の勝利圏が地上の勝利をもたらし、地上の勝利の実りが霊界にもたらされる。堕落人間は御父様に繋がり、御父様と一つになることで、新しい天と地に住む。すなわち御父様が長子権、父母権、王権を定着されたその位置に安着することが、新しい天と地に住むことを意味している。そこで差し出された御父様の言葉が天一国入籍だ、というのが私が言葉の上で理解していることなのだが果たしてどうだろうか。そうであればこそ御父様と完全一体となってこそ入籍できる。そうすると入籍すれば現実はどうなるか、相も変わらず現実は現実として流れ、否応無く対処しなければならないのは変わりないのか。入籍すれば御父様を中心として霊界は完全に主体であり、地上界は完全に対象だ。その中心とひとつになる私に於いても霊界が主体で地上界は対象になる。「実体的天一国時代が広がると、霊連世協会が中心軸の位置に立って万有を治めるようになる」、とある。現実とは感覚世界であり、広がる感覚世界の原因的世界、霊界に於ける私の存在を存在足らしめ、感覚世界の現実から霊界の事実へと重心をシフトできれば私という存在は現実に生きる存在から事実に生きる存在となれる。事実に生きて権威を行使できれば霊連世協会の個人的なものを確立したと言え、さらに家庭的なもの氏族的なもの、そして実体的天一国での国家的な霊連世協会が立つ。膨大な霊界のほんの一部分一部分を垣間見るだけで、しかし感覚世界の圧倒的現実に主管されて生きる限り、私達は次元を越える存在とは言えない。次元を越える存在でないのなら、地上の実体的天一国など夢のまた夢だ。現実に生きるこの世の者達と次元が同じなら、私達が理想を叫んでも鼻で笑われておしまいだ。

0 件のコメント: