2010年1月16日土曜日

梅干入りお茶

熱は幾分引いたようだが激しい咳き込みが収まらず、何もしていないのにどっと疲れる。それでも二日前は熱さと悪寒が交互に襲って来て生きた心地はしなかった。それを思うと有り難い。食欲は無いが無性にお茶が呑みたくなる。明日はこの世を去るとしても、この一杯のお茶がどれ程有り難いだろうか。お茶を飲むと祖父をいつも思い出す。囲炉裏の大きさに設えた食卓に、玄関を背にして私が座り、右隣に祖父、一応上座である左隣に父、炊事場に近い私の向かいに母が座ってそれぞれの膳箱を取り出し母がよそっていた。祖父が作ったのだろう四角いベニヤ板にペイントまで塗られた膳箱に、茶碗、汁椀、小皿、箸箱が入っている。洗うことは週に一度位なので、食事を終えた後は必ず禅寺の様にお茶で器を漱いでしまわないと、次の食事の時惨めな思いをすることになる。胃の弱い祖父は白米の変わりにいつも片栗粉やはったい粉をお茶で溶いて主食にしていた。子供の目にはゼリー感のある祖父の主食の方が魅力的で、母が制するのを祖父が抑えて、たまに分けてくれたりもした。見つからないように砂糖をしっかりいれてかき混ぜると御菓子気分で美味しかった。祖父も食べ終わると茶碗に番茶を並々と注いで、そして必ず梅干をひとつふたつその中に転がして最後を締めていた。病みに臥すと梅干入りのお茶が無性に欲しくなる。食欲が全く無い状態でも、吐き気が収まらない時でも、梅干入りのお茶が呑みたくなる。おそらく御父母様がキムチ無しでは食事をした気持ちにならないように、梅干の無い人生は考えられない。普通、隔世遺伝と言われて、一代が三代に現れ、二代は四代に現れる。だから私の肉体的遺伝は祖父によるものだ。こちらでは高価な日本食ではあるが、どんなに高くてもお茶と梅干だけは譲れない。そう言う訳で今日一日を終えて締めの梅干入りお茶を戴いている。どれほど煩わしい一日であっても、明日がどれ程困難に満ちていても、このひと時は身体の至福の時だ。苦労の耐えなかった祖父も、その時の安らぎだけを糧に、己が人生を全うしたのだ。このお茶を啜りながら祖父の想いが生き返る。

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