2010年1月12日火曜日
今日の想い 131
度が過ぎていたのはその通りだとしても、その行動に自己中心から出た意志は一欠けらもない。それが天の願いであり自分に要求されるみ旨だと信じればこその行動だ。中心者から一つの数字が渡されそれに合わせてそれぞれの目標を差し出す。その達成に向けて尻を叩かれるとしても、挫ける弱い自分を認識していればこそ中心者の押しも必要条件だと理解している。だからどれ程厳しい中心者であっても感謝しこそすれ、恨みに思うことなどありえない。数字として立てられた目標を絶対視しながら、全体目標達成の為に睡眠時間さえ削って駆けずり回る。自由を剥奪された群れに見られたとしても、堕落して罪ある存在であるなら、自由はルーシェルがもたらしたものとして遠ざけられて当然だ。自分の心魂の中心に、どれだけ小さな種粒ほどであったとしても、ルーシェルの自由に対する本然の自由を植付けられたという事実をそれぞれが実感として受け取り、それを大切に大切に育てながら摂理の激流に身を投じ続けた。しかし三年で天国はできると言われて飛び込んだものの、遠の昔に三十年は超えている。その間多くの兄弟が去って行った。僅かに残った兄弟達ですら昔と変わらぬ信仰の炎を燃やし続けているとは言えない。この地上で生きていく以上、生活に埋もれざるを得ない。生活の中には堕落的な思いも妥協も侵入してくる。しかしこの間、ルーシェル存在にたいして奪われ続けてきた訳では決して無い。御父様の幾度もの死を超える御精誠も、全体的雰囲気の中で捧げることができた精誠実績も、荒地に落ちて実らないかのように思えたにも係わらず、見事に天は注ぎ続けてきたものに対して、それがどれ程些細な、取るに足りない精誠条件であったとしても一つの無駄も出さずに積み上げられて御国の土台とされた。御父様が勝利されたことで全ての我々の精誠は報われる。今だからこそ献身を決意した当時に原点復帰しながら、み言の一つ一つに感動しみ旨への強い衝動を抑えられなかった当時の想いをしっかりと呼び覚まして、寝起きを共にした兄弟達と肩を組み合いながら、一緒に堕落世界の境界線を超えて光満る御国へ前進して行こう。夜明け前の闇が一番濃く、新たな光が訪れる前にはいつも必ず谷間のどん底がやってくる。
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