2010年6月16日水曜日
今日の想い 182
追い詰められてこそ、わかるものがある。追い詰められなければ自分の視界は一つの次元に留まったままでいる。追い詰められ、四方八方を塞がれて、もはや何処にも抜け道がないと覚悟した時、違う次元が見えてくる。天にゆだねると言う言葉は知ってはいるけれど、天にゆだねた事が無い。追い詰められ、覚悟した時、初めて天にゆだねようとしている。だから危機は成約聖徒に取って、願っても無いチャンスだと言うことができる。追い詰められた危機的状況で、違う次元への突破口が天にゆだねることで見えてくる。追い詰められてへとへとになりながら、息も絶え絶えの状況の中でこそ、神様も霊界も、そしてサタンも私の行動を注視している。神様がいつ手を差し伸べることが出来るのか、はらはらする想いで見ておられるし、サタンはサタンで地獄に引きずり込む機会をてぐすねひいて待ち構えている。霊的生命をかけた熾烈な戦いが私の中で繰り広げられる。その戦いは堕落以来休むことなく続けられてきた。普段は意識下に於いて為され自覚していないその戦いが、追い詰められた時に、私の意識に上ってきてその戦いを自覚することができる。戦いの修羅場の中で最後の最後の魂の力を振り絞る。それが思いもしなかった力を発し、次元の壁を突破して高次元へ突入していく。堕落人間としての様相に埋もれていた、重生式によって埋め込まれた真の父母から戴いたところの血統の根源が、その最後の魂の力に現れる。私の中に真の父母から戴いた真の父母に繋がる証しを見る瞬間だ。高い精神性を高次元で受け取れば修羅場で花を咲かせることが出来る。真の父母の様相を備えた復活した私は、真の愛の花を咲かせ真の愛の香りで、追い詰められた事情圏、環境圏を融解させていく。
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