2011年11月2日水曜日
今日の想い 368
そこは彼女に取って完全な暗闇だった。地の上に立ってはいるけれど、何処からともなく機械音を響かせながら彼女の傍を通り過ぎていく得体の知れないモノたちに囲まれていた。彼女は、身体の向きをすばやく変えながら、握っているステッキで地を無闇に叩きつけていた。その異様さに怖気づいて誰も近寄ろうとはしない。時々両手を組み合わせて祈っている風にも思えるけれど、歪んだ口は呪うように何かを吐き捨てていた。私は車の流れに乗って一度はその場を通り過ぎた。運転する誰もが一瞥し、しかし誰もが素通りしていった。誰が見ても異様な彼女に関わろうとはしなかった。勿論手助けしようと思えば、片道三車線もあるこの大通りをはずれて一度住宅路に入り、一旦車を止めてその場所に向かわなければならない。そこまでの時間も心の余裕もないだろう。ポリスカーでも通り過ぎない限り、彼女は大きな交差点の真ん中に居続けることになる。敢えて通り過ぎて関わらない理由を私は見出せず、車をUターンさせた。ひょっとしたらとは思ったが、案の定状況は変わっていなかった。大通りの交差点を途中まで行って、恐らくそこで渡りきったと思い違いをしたらしく、混乱している様子だった。白いステッキを持っていたから目が不自由だというのは誰もがわかるけれど、しかしそのあまりの異様さが誰をも遠ざける。近寄って声をかけても、彼女の状況は以前と変わらなかい。相変わらずステッキを地に叩きつけ、訳の分からぬ事を口走っている。何処に行きたいのか尋ねても全く要領を得なかった。兎に角ここは危ないからと説得し渡りきらせるしかなかった。何とかなだめて説得しようと四苦八苦している内に、何故か祖父の顔が頭に浮かんだ。身体も精神も病んで看病する母を困らせた祖父の顔が浮かんだ。やっとのことで応じさせ、何とか渡りきらせたが、彼女はそのままステッキを叩きつけながら足早に去っていった。礼のひとつぐらい口にすべきだろうとは思ったが、私は自分の良心が納得したのを覚えて安堵した。人助けをしたようなしないような、お節介だったようなそうでもないような、キツネにつままれた様な不思議な体験だったけれど、この状況を見た以上行動せざるを得なかった。恭(うやうや)しく礼でもされたら感情は喜んだのかも知れないが、それによって敢えて何か考え学ぼうとはしないだろう。現にどういう意味があったのか今日一日考え続けている。やはり気になるのはその場で頭に浮かんだ祖父のことだった。そして祖父をしっかり看取った母のことだった。祖父は長く身体を病んでいたが、最後の頃には精神も病んでしまい、看病する母である実の娘を御前は誰なのかと罵り、訳のわからぬことを口にしながら母を困らせた。それでも母は祖父がどれだけ苦労したかをよく知っていたので、叩かれ罵られても、愚痴も言わずに下の世話から何から何まで世話して看病し続けた。祖父は確かに暗闇の中で恐れ佇んでいた。外界の認識を正しく受け取れず、暗闇の恐れから近寄る者に容赦なく牙を向けた。私が珍しく帰った時、祖父は私を見てひたすら笑い転げていた。その様子を母は見ながら、私にやっと会えて喜んでいるのだと告げた。母は祖父の背中を撫でながら、良かった良かったと祖父に言い続けていた。暫く見続けていた、あの足早に去って行った彼女の背中を、一日が終わった今でも祖父の面影と共に追っている。
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