2012年7月9日月曜日
今日の想い 429
こういう事実が判明した。こういう実態が明らかになった。、、そんな情報をもって扇動しようとする者がいて、情報を受けて踊らされる者がいる。立体に生きず面に生きる者は、面の裏と表を行ったり来たりするだけだ。善か悪か、正しいか正しくないか、二極判断することが前進することだと捉えている。しかし二極判断する限りは面の次元に留まり続けて、立体次元があることを認識できないし、別次元の判断があるとも思っていない。それは判断する自分ありきであって、自分を超えた存在に判断を委ねることを良しとしない。自分が判断し認識した神であり、自分が判断し認識した霊界であり、自分が判断し認識したみ言葉であり、自分が判断し認識した御父様だ。自分の認識外のことは存在しないのであり、自分が判断できず認識できない御父様は御父様として受け入れない。彼らはそういう位置に立っている。彼らに絶対信仰の柱は立ってはいない。柱の立たない面か、せいぜい飛び上がれるくらいの高さまでが認識できる彼らの世界だ。彼らの私達への説明は、御父様の真意が側近の誤魔化しによって下に伝わらないと言うものだ。過去の因習、過去の献金を含めたやり方、過去のみ言葉の受け止め方、過去の御父様への接し方、それに固執した古株の先生方が周りにいる限り御父様の真意にフィルターがかけられてしまうと思っている。彼らの言葉で最もよく使われる言葉がレガシーという言葉だ。遺産とか相続とかと言う意味だが、それは御父様はすでに歴史的存在であって、相続する為の伝統だけを御父様に見ているだけで、今の摂理を動かしている御父様ではないと見る。遺産を受け継ぐに相応しい存在は既に判り切っていて、御父様が指名された御方と異なるのは側近が伝える偽りの情報に御父様が踊らされているからであり、今まで決定されてきた経緯から見て正しく判断すれば、誰がレガシーを受け継ぐ存在か明らかだと言うのが、彼らの言い分だ。しかし基元節を超えてどうなるか、しっかりと見ているといい。天宙が前天時代と変わらぬ天宙なら彼らの判断は的を得ているのかも知れない。しかし天宙は既に変わっている。後天時代では天宙を主管される御父様の権威を目の当たりにするだろう。教本教材を残され、伝統を残された既存の宗教的な存在に留まられる御父様では絶対ない。