2011年10月31日月曜日

OX哲学

神様は公的な神様だというのは異論はないだろう。では御父様は公的なお方だというのはどうだろう。御父様にも私的な面があるはずだから、全てに於いて公的なお方だと言えるのかどうか。事業の責任を持っていれば常に公的私的という判断を要求される。事業体を存続させる為には、従業員が何が公的なものであり何が私的なものなのかの理解をはっきりさせる必要がある。責任者の中に公的私的の概念が明瞭でないかぎり、従業員の公私の判断は曖昧なものとなる。それが物に関する限りは解りやすいのだが、時間に関してとなると曖昧さは増してくる。就労時間の間、会社にいれば公的に過したと言えるのか、肉体を動かして労働しなければ公的に過したとは言えないのか、意識が別のところに飛んでいて心ここにあらずでも体が動いていれば公的なのか、目に見えない領域で従業員の公私をはっきりさせることが責任者に問われることになる。責任者自身の公私についても同じで、マネージメントを任せられた責任者であれば公私の判断を自分にもしっかり充てがう必要がある。だがここでオーナーという問題がある。オーナーは彼の事業である限り事業存続に於ける公私の判断は必要なく、私の事業であって公的な事業ではないと言えるのかどうか。責任者や従業員に対して有無を言わさず自由勝手に処分できるのかどうか。それは多分にオーナー自身の公私に対する概念によるだろうし、その概念は企業哲学によるし、哲学は宗教性や道徳倫理性による。私達が公的私的ということを問題にする場合、神様のものなのか自分のものなのかという二極概念でそれを判断しがちだけれど、こと自分自身に関することだけならそれで事足りるのかも知れないが、自分を超えたところで判断を要求される場合、例えば親として子供に対する、或いは教会長として信者に対する、仕事の責任者として部下に対する判断を要求される場合、二極概念では曖昧すぎる。話されたみ言葉の中にこう言うのがある。--神様は公的な方である。しかし私的なことも考え得るが公的なことを考えた、その基盤内で私的なことを考えられる。公的な考えの圏内で自分をも考えるのが神様だ。-- これは二極概念の公的でなければ私的、私的でなければ公的というのとは異なっている。公的な中に私的なものが含まれると言っておられる。私的な中に公的なものがあるのではなく、あくまで公的なものが先ずあって私的なものが含まれると言うことだ。Oの中にXは幾らでも入るが、Xの中にOは入らないという、OX哲学がここにある。ここをはっきりさせると公的私的の概念が見えてくる。私と言う存在全ては公的であるべきで、その公的意識の圏内でこそ私的意識も芽生えるのであって、先ず私的意識ありきからは自分という存在は有り得ない。御父様の所有問題に対する非難も、曖昧な公私概念に悪神が付け入る隙を見せたから起こったのだと言うこともできる。

2011年10月30日日曜日

摂理について

偶然の連続のように流れてきた歴史も、摂理史観を通してみれば、そこには明らかに神様の意志が見て取れる。神様の意志と合わせてサタンの意志も神様に対抗する形で見出される。それは同時性に見る歴史の大きな流れにも言えるが、特にこの再臨時代である近代は、摂理史観によって御父様が詳細に説明される内容に対して疑問を挟む余地はない。御父様を批判する者にとって、その説明が、起こった事の後付けであることから、どのようにでも解釈の仕様があるだろうと懐疑しているが、宇宙を支配する別の原理原則を持ち出すなり発見するなりして、新たな史観によってしっかりと説明できてこそ批判も的を得たものとなるだろうが、批判だけで終始するのであれば口煩くケチをつけているだけだと思わざるを得ない。私という存在は、人類歴史の結果とも言えるし摂理の所産とも言える。私の知情意の活動にみる魂様相は、歴史の結果存在として自分に見ることができるが、摂理の所産としての私という言い方には、私の魂様相を紡ぎだしている原因的私、或いは霊的私に光を当てることで表されるところの私の表現の意味合いが含まれているようだ。摂理に貢献する私であり摂理の願いに応える私として、結果存在ではなく原因存在、創造存在として光を当てられている。天によって用意された摂理上の中心人物や聖人は、結果存在としてではなく、明らかに原因存在、創造存在としての位置で地上に送られた。普通の人間は特定の聖人に帰依することで、結果存在だけの生を原因存在的生に変えていると言うことが出来る。異なるその生の違いは天地の差であって、宗教の地上人間への関与は一般の宗教に対する人間の概念を遥かに超えている。ましてや摂理の中心の中心に位置しておられる御父様とひとつになると言うことは、御父様と共に天宙の創造活動を為していると言っても決して過言ではない。講論の後編をよく学び、近代の摂理史や御父様が語っておられる御父母様の路程を詳細に研究すれば、兄弟にどうして御父様に対する疑いが生じるのか、私は不思議でならない。

2011年10月28日金曜日

焦点を合わせておられる来るべき日

ラジオ放送のポッドキャストを聴いていて、今月の31日には世界人口が70億を超えると発表されたということだ。世界人口が10億を超えるのに二十万年かかり、40億から50億になるまで13年間、50億から60億に11年間と、特にここ100年余りで人口は爆発的に増えたことになる。しかし過去100年余りの間に二つの大戦を経験し、犠牲者も爆発的に増えたわけだ。第一次大戦で2600万、第二次大戦で5500万、そして朝鮮戦争で300万、ベトナム戦争で230万と、第一次大戦以前の10万、20万の犠牲者数からすると桁が違っている。戦争犠牲者の多くは若い青年達だ。本来なら70年、80年の生涯を送る力を備えながら、その力を費やすことなく霊界へ送られていった。若くして死を迎えるというのは、長寿を全うして死を迎えるのとは勝手が違う。若くして死を迎えると、本来人生を送る為の力を使えず、その余力を霊界に運び込むことになる。幼い子供や若い子供を霊界に送った経験がある親御さんなら理解されると思うけれど、年若く旅立った子供は肉体は無くても親御さんの近くに居る。近くに居て霊視や霊聴を起こさせる。無くなった子供が、その本来人生を送るはずの余力で、親の霊的感性を引き出している。その同じ霊的原理が、先の二つの大戦を始めとする戦争での若い犠牲者達にも当て嵌まる。青年で死の門を潜るので、幼くして逝った子供のように親に引っ付いていることはないが、人生を送る為の霊的余力を用いて地上人に働きかけ霊的感性を引き出す。戦争だけではなく地震や津波といった自然災害の犠牲者にもそれは当て嵌まるはずだ。莫大な犠牲者達の莫大な霊的力が、群れとなって厚く重なる巨大雲を霊界と地上界の境界で形成している。霊的雨となって降り注げば、条件が備わり内的霊的に受け取る器を用意した者は一変に霊的感性を開花させる。今か今かとその時を待ち構えているけれども、D-DAYと御父様が言われるその日こそ、大号令の轟く天宙的一日となるだろう。開闢時代という名に相応しい驚天動地の時代が訪れるはずだ。来年中にと指示されている210代の先祖解怨、先祖祝福も勿論それに合わせての準備に違いない。

2011年10月27日木曜日

不信

今までの自分の信仰観を裏切られるような事態に直面した時、信じていたものが音を立てて崩れる時、それをそのまま放っておいて、彷徨いながら何か別の信仰という島を探して取り付くことができるのだろうか。見たくもない汚ないものを見せられたからと言って、清いもの聖なるものとして捉えていた概念に当て嵌まらないと言って、では自分はそう言ってのけることができるほど、清く正しくも住み良い霊界を背負っているのだろうか。人は大きな石には躓かないが小さな石には躓くと言う。しかしこれは大きな石、それも躓くどころか前を遮る岩だと言う。これは大きな岩でこの岩を取り除かなければ前に進めないと思うのかも知れないが、実はこの岩の上に自分が立っているということを見落としている。抱えた罪は軽く、自分は十分に空を飛べるから必要ないと言うなら、わざわざこの岩を存在基盤に置いてきたのは何だったのか。たとえ生命を預けたとしても救いに与りたいと思ったからではないのか。それともたまたま羽を休めるために見出した宿り木がその岩の上にあっただけで、もともと罪の自覚もなく救いの必要性も無かったのか。純粋で全てを信じる兄弟とは言ってもやはり現代人であり、時代の流れで培ってきた悟性が働き、それぞれの善悪判断、道徳的判断を供えている。その悟性が如何なる場合でも判断ツールとして働くと思っているから足を払われる。自分の悟性による判断を地上での事柄に充てるなら、正しく悟性を働かせていると言えるかも知れないが、私の望んでいる救いが心魂の救いのみならず霊の救いを問題にするときに、悟性の光それだけでは正しく作用はしない。メシヤ初臨のときに、弟子達がどのように不信に落ちて行ったかを、深い感性を総動員して訪ねてみる必要がある。聖書に記された話を追っただけでは見届けることができない、弟子達の目にどのようにイエス様が写って行ったのか、イエス様のどんな行動に彼らの悟性が引っ掛かって行ったのかを想像をフル稼働して検証してみる必要がある。彼らの悟性とは当時の律法に沿った慣習であり道徳だ。イエス様は当時の慣習や道徳の囲いを外して行動していた為に、勿論律法学者達はその噂故にハナから信じてはいなかったが、特に信頼を置いていたユダが心情的に離れていった経緯、或いはその他の弟子達のイエス様に対する心の揺れ、などを追っていけば、当時の悟性と現代の悟性の差はあったとしても、弟子達と同じ種類の内的経緯や心の揺れを今の統一食口の内面にも見ることができるだろう。その意味でも歴史は繰り返される。当時の弟子達の非を軽々しく指摘できない、ましてや非難などできようもない私たちだ。使徒達の霊を呼び出し懇願してでも、この再臨のときに同じ過ちを繰り返さぬよう協助を願い出るべきだ。

2011年10月26日水曜日

秋空

パステルブルーに薄雲の乳白色を広げた空は、陽の光を柔らかく地上に反射させ、乾いて何処までも透き通った大気に秋の光は踊っている。暫く曇り空が続き、秋の色付きもくすんでいて、どこか今年の秋は気落ちして物悲しく思えたけれど、秋の陽を受けると途端にその表情を変え、季節の花々に負けない鮮やかさをどの木々も装っている。この木々に負けない美しさを差出そうとしても、私の精神は未だ純化されずに鈍い光を醸し出すに過ぎない。このように、日頃は何食わぬ顔で恥ずかしげもなく胸を張って生きているけれど、堕落して万物にも劣った人間だと思わされる瞬間がたまにある。自然に対して感嘆の声を漏らすと同時に、自分に対しては低次の精神を改めて確認させられる。畏敬の気分に覆われてくると、日頃は空気のようで感じられない愛の姿が見えてくる。光の中に愛が見え、大気の中に愛が香る。あらゆる被造物の中に愛が生き生きと捉えられる。多様な様相の様々な愛が地上を満たし、宇宙を満たしている。愛が満ちるその中に佇む私は恥ずかしくて消え入りそうだ。誇らしく愛の存在でありたいのに、私が偽りの存在であることは疑いようがないからだ。人は愛を語りながら、しかし愛を知らずにいる。受けたことのない愛は、授ける行為だけは見届けられるけれど愛の実質は受け取れない。御父様が犠牲に次ぐ犠牲を払われながら愛してこられたけれども、愛の何かを知らない者はその実質を受け取れずにいる。イエス様が、「主よ、彼らをお許しください。彼らは何も知らないのです。」と神様に取り為されたように、御父様は私達に対してもそのようにされておられる。愛を受け取れずにいる私達に問題があるのに、あれも差し出せこれも差し出せと、さも取り上げて当然のように御父様に対している。御父様の犠牲の上に胡坐をかきながら、それなのに御父様を批難するのであれば、犠牲の上に成り立つ私と言う存在に気付いた時に負債の炎で身を包まざるを得ないだろう。乾いて透き通ったこの秋の大気のように、兄弟達の中にある不信の思いが取り払われて、御父様の愛の実質が受け取れるように。

2011年10月25日火曜日

霊の認識をもたなければ何も解決しない

疑問が生じるなら祈ればいい。祈って私の中におられる神様に尋ねてみればいい。しかし本当の祈りを捧げたことがないし知らずにいる。祈りの境地を体験したこともないのに、今の拙い自分のものさしを宛がおうとし、結局それでは応じきれずにいろんな問題に翻弄される。翻弄される間はどこまでも翻弄される。自分が壊れるまで翻弄される。しかし壊れるまでの過程の何処かで本心が働き始めるはずだ。一方で翻弄されながらも実は甘えが私の中のどこかにある。甘えがあって、それが翻弄される自分をそのままにしている。自分の中に、自分は壊れるという危機意識がもたげてきて始めて、甘えを断念し、本心を稼動させ始める。危機感を覚えて人は本当の祈りへと入っていく。その境地でしか神様に会うことはできない。甘えが居座っている間は神様とサタンの間を揺れ動き、心は定まることはない。いろんな立場を取る兄弟がいる。み言葉を聞いても祝福を受けても、ありとあらゆる立場の兄弟がいるのに、原理非原理と線を引いて天国と地獄を分けることなどできないことは誰にでも分かる。自分なりの基準を設けて、外的なことに関する問題や、起こる事柄をああだこうだと言っている間は、甘えがあるし翻弄されるのを許している。私と言う霊界を意識し、私の終末を実感している者は、そんな余裕はさらさらない。しがみ付くようにみ言葉に求め、起きていようが寝ていようが私の中に中に下っていって、すがりつくように神様に尋ねざるを得ないだろう。御父様に帰依せざるを得ないだろう。御父様に距離を置いても安心しておられるのは、未だ自分の霊界に下ったことがないからだ。心魂の世界は実感できる感性を備えているけれど、霊界を知らないし心魂の世界を霊界だと思い込んでいる。原理は科学的論理的に解明されているけれど、その認識は霊的で心情的なものとならなければ、神様の認識も霊界の認識も唯物的な概念、即ち幻想から離れることはない。

2011年10月24日月曜日

秋の情景

秋が深まってくると浮かび上がってくる情景がたくさんある。後から後から浮かんでは上重ねされていく。しかし、どの情景も遠い子供の頃の情景だ。遠い過去の情景から最近の情景まで追っていくと、季節感とは一切関わりのない期間がある。献身してから日本を飛び出すまでの二十年間の歩みだ。この間の記憶に季節感と言えるような情緒的なものは見当たらない。せめて言うなら暑い寒いくらいのものだろう。その頃私がどれだけ余裕のない歩みをして来たかが伺える。秋の刈入れの田舎道を、重い弾(たま)を両手に提げて歩いたはずだ。高く鰯雲がたなびく秋の空の下を、帯同しながら家々を訪ね歩いたはずだ。しかし私の中に秋の匂いに包まれた当時の記憶は見当たらない。涙で祈祷する姉妹の姿は覚えているし、厳しく追及するキャプテンの憎々しい顔は覚えているけれども、母性溢れるそれぞれの季節の、自然の懐に抱かれた記憶がない。今、目の前の深まっていく秋の景色に心を委ねると、ここがふるさとから離れたアメリカの地であることなど忘れてしまい、遠い昔からの長く深く暗い眠りからやっと醒めたように、子供の頃の情景をそのまま目の前に見ているようだ。人生の折り返しを迎えると言うけれど、確かに折り返して、来た道と同じ情景を逆に遡って見ているのかもしれない。昔どこかで見た光景と、その時の気分がそのまま目の前に再現されているのだろうか。そんな人生の不思議を考えながらも、この秋も次第に深まっていく。今年は長雨が続いて早々と散ってしまい、去年程の色付きを全体には見れないけれども、それでも雨風に耐え抜いて残った葉の色合いは、より深く、より鮮やかだ。濡れ落ちていった葉の分までもという想いがその深い色合いに込められているのかも知れない。

2011年10月23日日曜日

兄弟の人間性への配慮を考える

人間性を否定され、人間的な扱いを受けなかった。拉致被害を被りその声を外部に向けているけれども、厳しい摂理の要求に応える過程でそうなってしまった内部に向けるのとでは、それは同じように扱われるべきだろうか。外部に向けて発することでは摂理の要求に応えようとする意志が見えるけれども、内部に向けられるものからはそれが見えない。内部へ向けて指をさすのは摂理を後ずさりさせているようだ。私がその声を発するのであれば内部しかないのだが、内部に対してそれを叫んで気持ちよく納得する良心を、私は持っていない。声を発すのであればその時その場であるべきだったと思うし、私の場合そのとき声を発しなかったのは信仰ではなく恐れからだ。何があっても離れまいとしたのは信仰だけれども、言うべきことに声を発しなかったのは恐れからだ。全体行動の中でひとりひとりの人間性への配慮は欠けるだろうし、それでも付いてこれる力を当時の摂理では要求されていた。自己否定という意味の本質を理解するために敢えて人間性も否定され、誤解されて受け取られていたけれどもその過程で自己否定の本質を受け取ることができた。私も、見限った兄弟達のように心の表面では様々な恨みが残っているけれども、心魂の奥の部分では感謝している。と言うのは苦痛であれ悲しみであれ、人間性も否定されながら味わった心魂の土壌に真の愛が芽生えているのを感じるからだ。日本のアベルカインは間違っていると当時指摘されたけれども、間違ったアベルカインを宛がわれ悶々とする中でアベルカインの本質を受け取ることができた。私が受け取ったみ言葉は、牛のようにその都度その都度反芻(はんすう)されながら、み言葉の本質に限りなく近いものとして受け取ろうとしている。今あるみ言葉への理解が完全だと思うべきではないし、ましてや不完全な理解で御父様や教会を量るべきではない。人生に於いては理解しがたいことばかりの連続であると言うならば、み旨の道では尚更だろう。過去がそうであったようにこれからもそうだ。御父様の意図を全て汲み取って歩むことなど不可能に近いが、しかしそうする努力は必要であって、受けた心魂の傷ばかりに意識を奪われ今の判断基準と御父様から離れた位置で、自分の安息圏が訪れるとはとても思えない。

2011年10月22日土曜日

今日の想い 367

耳に心地よいことばかりを報告するなら、確かに耳は喜ぶのかも知れない。御父様の一部でもある御父様の耳だけ喜ばせれば御父様を喜ばしたことになる、そう思っている。報告には正確さを要求されるのでなければ報告の意味がないと思うのだが、中心への恐れから報告は耳に心地よいように粉飾される。そのように祈祷報告に於いても私を偽り粉飾することで私の霊界は偽りの幻想で膨らまされていく。御父様の公的路程は大会のひとつひとつを経て超えられながら布石を打ち続けてこられた路程だ。布石を打ち続けるその先に見ておられる目標地点がある。御父様には見えていても、無知な者にとってはその目標地点は見通せない。それどころかこの大会の次の布石をどこに打たれようとされておられるのかさえ見通せない。会場も満たすことだけを至上命令として受け取りながら、その都度回せる兄弟を目一杯動員しながら、そうやってひとつひとつの大会を乗り越えて行ったと思っている。御父様が捉える大会の内的霊的意味を、本当の意味で分かっている者が何人いるだろうか。私のように訳も分からず、付いて行くのが精一杯の兄弟も多いはずだ。周囲の環境を整え、整地して土台を築き、柱のひとつひとつまでも立てられ垂木も組み入れられて、そうして一戸の家が立つように、過去の数え切れない大会の内的霊的勝利基台は、御父様の中では創造理想の天宙という家を築く土台であり柱であると捉える事ができる。そのブループリントを見通せる目も力量もない者が手となり足となるなら、御父様の願いからずれた認識として多くの間違いを侵して来たかも知れない。大会のその都度、良かった良かった勝利したと喜ぶけれど、次の布石を見通す配慮もなくてその大会で完結したかのように喜ぶだけなら、その先を見通せずに大会を重ねる毎に疲れてくるのは当然だろう。大会や宣布式として布石を打たれる毎に、私の中の内的霊的に培われ築かれるものを確認すべきだった。今その気付きを得たのなら、過去の大会や宣布式のみ言葉を読み返しながら、私の内面にどう布石が打たれているのかを見通し、御父様との距離を縮めて行くべきだ。祝福家庭だとおだてられ、背負われてでも同じ摂理の景色を見させて戴いた時代は過ぎ去った。今は払い落とし、突き落としてでも付いてくるのかを試されている。大会や修練会、そして宣布式。その内的な関係性を私に見出そうとすることで、同じ勝利圏に参与させて戴き、疲れることなく次なる布石に精誠を供えることができる。傍観者ではない今の摂理と共にある兄弟姉妹は、意識無意識に関わらず内面の布石を捉えようとして必死でしがみ付いているはずだ。最後のラストスパートとして、地上天国実現へのマイルストーンを、御父様と共に打ち立てている。耳に心地よい報告でその場を凌いだとしても、布石を打てない私の内面は誤魔化せない。

仏教とキリスト教

仏陀が菩提樹の下で開いた悟りは仏教語で涅槃の境地と言い、生(存在)への執着を完全に捨てきったとき安らかなその境地に入ることができると言うものだ。人間という存在は、生きる上で悩み老いることで悩み、病に悩み死の訪れに悩む。現世の地獄に降りる為にわざわざ受肉したのは、欲世界である地上生への渇望、執着がその根本原因であると説く。要するに仏陀は地上に受肉した人間は既に我欲存在であり、我欲存在でなければ地上への受肉を果たしてはいないと捉えており、生への執着を完全に捨てれば地上に受肉する必要もないし、したいとも思わない。地上が欲を満たす世界であって地上人間が我欲存在であることは変えようもない事実だという足場から出発している仏教に対して、キリスト教の足場は人間が欲の存在であることはそうだとしても、人間本来の欲は清く尊いものであり、しかし悪が入り込むことで自己中心の欲に変貌したと言うスタンスで出発している。一概に言うと非難されるが、基本的に、仏教が悪から逃げる受動的な教えに対して、キリスト教は悪に戦いを挑む能動的な教えに立っている。立ち位置の問題であって、どちらが正しくどちらが間違っているとは言えない。仏教の立場だと輪廻(再受肉)は自ずと認められるけれど、キリスト教の能動的立場から輪廻を大っぴらに肯定することはできない。逆にキリスト教は救世主の必要性を自ずと認め再臨主の到来を待っているけれど、仏教にはその存在を待ち焦がれる意志は見出しにくい。仏教が地上人間はもともと我欲の存在であるのに対して、キリスト教は地上人間が堕落したことで罪の存在になったと説く。仏教は人間を超えた存在になることを願い、キリスト教は人間の中にある罪を清められ人間本来の存在になることを願う。統一の信仰に於いても、受動的な意識に留まるなら仏教霊界により近く、能動的な意識に変わるならキリスト教霊界により近くなる。繰り返すけれど、どちらが正しいだとか間違っているだとかではなく、受動的な意識も能動的な意識も必要とされる。しかし敢えて言うなら、日本食口は受動的な意識、受動的な信仰に傾きやすい。静の愛だけが愛ではなく、動の愛が必要とされる。

2011年10月21日金曜日

侍る姿勢

今のアメリカの事業体は内部問題をもろに被って、組織も組織に所属する個人も決して健康的な状態ではない。今の部署は書類上の繋がりはないから自分は部外者と言えないこともないが、かつて組織の意識圏内に属していた立場で今は関係ありませんとは言えない。いや部外者であればこそ、所属して内部からは見えないこともできないことも、外部からの働きかけでできる可能性はある。その外的な内容に関しては触れることはできないが、今は部外者と言う立場であってもこの事業体と共にアメリカでの年数を重ねてきた訳で、多大な内外の恩恵に与った恩を忘れずに働きかけていくべきだ。組織であるから特に中心者からの影響と恩恵は大きかった。何度か入れ替わりがあった中でも或るひとりの中心者に対して私は深く尊敬していた。それぞれの中心者にはそれぞれの持ち味があったけれど、初めて韓国人として立たれたこの中心者は、所属する多くが日本人であるこの組織に旋風を巻き起こし新たな息吹を吹き込まれた。会議の席で激しい感情が口に出たり、右に左に翻弄されることも多々あったが、そのみ旨に対する真摯な姿勢に傲慢な私も自然と頭が下がった。底辺の現場への想いも深く、その染み出るような心情に熱いものが込み上げてきたのは私ひとりではないはずだ。特筆すべきは御父様に対されるときの姿勢だ。殆どの責任者は御父様に指示を出されたとき、本人が納得いくいかないは別として早々に受けて引き下がるが、この中心者は違った。相手が御父様であろうとも納得がいくまで食い下がり、お互いが口角泡を飛ばすという場面もあった。この中心者から本当の侍る姿勢とは何かを教わった。或る時、御食事の要請があり食事の席に御父様とこの責任者がおられた。御父様に敬拝を捧げて引こうとすると呼び止められ、御父様の前で厳しく咎められた。提供に粗相があったのかと思ったが、そうではなくて挨拶に言葉が少ないのを責めておられる様子だった。口を開くのさえ畏れ多いと思っていたからなるべく目立たず近寄らずという思いがあった。しかし指摘されて気付いたのは、確かに御父様と口にする以上僕ではなく子供の立場であって、親に接するのに逃げるようにして挨拶を捧げるのは非礼でもある。敢えて御父様の前で咎めながら、しかししっかりと店の歩みも紹介していただいて、御父様の顔も立てながら私を御父様に橋渡しもして下さった。弁も立って知恵も回り、上背もあって顔立ちも良く、この方の全てを相続したいと心の底から思わされた。

2011年10月20日木曜日

主の日は盗人のように襲って来る

しかし、主の日は盗人のように襲って来る。その日には、天は大音響をたてて消え去り、天体は焼けくずれ、地とその上に造り出されたものも、みな焼きつくされるであろう。(ペテロ第二、3:10)
普通に考えれば矛盾している。盗人のようにそっと襲って来るのに、その日の情景描写はあまりにも派手すぎる。足を忍ばせて来た意味がないだろうと言うことだ。しかし聖書全般に言えるように、言葉の表面的輪郭のみを見て、その言葉の背後の本質に触れることがないなら、聖書に触れたと言うことにはならない。信じて意志する者のみが、輪郭だけを追う者には隠されているみ言葉の本質を受け取ることができる。内的霊的な変化や変革といったものは、この聖句が語っているように盗人のように襲って来る。それは置かれている環境や関わり合っている存在も含めて、それらは私の対象圏にあるにも関わらず、変えることができない環境圏があって私があると捉え、対象圏を主体に置いているからだ。対象圏に対する主体は他の誰でもないこの私だ。先ずここをはっきりさせなければ私は正しく対象圏に対することはできない。環境が変わるのを待ち、関わる人が変わるのを待っている限り、私の中の変化や変革に気付くことは先ずない。敢えて簡単に言うなら、サタンがいてサタンが支配する環境圏が用意されて私がいるのではなく、神様が私に働き真理に浸透された私が環境圏を変えていく。前者は堕落した位置の私であり、後者は復帰する位置の私だ。この内面に於ける主体性を取り戻そうと意志したとき、私は目覚めた存在としてみ言葉の本質を受け取る器を用意している。そして内的霊的にみ言葉は働きかけ、内的霊的な変化や変革を見逃すことはない。

2011年10月18日火曜日

選ばれた群れとして

神様に選ばれた私だという感覚を、統一の食口であるなら誰でも持っているだろう。それは或る面から言えば正しく作用し、また異なる面から言えば自分の認識に誤解を生みかねない。み言葉の理解は中途半端で、御父様への想いは未だ熱いとは言えなかったまでも、それでもこの困難な道のりを歩んできた群れに貫かれていたことは、撰ばれし群れであり私だという誇りであり使命感だ。組織という城を堅固に聳え立たせ、カリスマ的中心を頭に戴き、組織の細胞として動じ静することだけに没頭する為に、誇りと使命は重んぜられた。それが間違っていたとは言えない。しかし少なからず置いていかなければならなくなった身に着けるべきことを、今遺恨として重く抱えている。それは外的な事柄だけではなく、それ以上に私達の内的な意識下に刻んでしまった霊の傷跡の方が深刻だ。内部の衝突や、敢えて外部に出て行った位置で攻撃する兄弟や、それは私の内面の投影であるとも言え、食口誰しもが多かれ少なかれ意識無意識に抱えている恨みでもある。選ばれた私だと信じて全てを捧げてきたけれども、それに見合うものを受け取っていない、それどころが捨てられ忘れ去られているという恨みだ。御父様はワシントンタイムズを取り戻されたとき、共産主義の手から奪取したという言い方をされた。共産主義はその思想の根底に、神は死んだという、信仰を捧げた見返りを受け取れずに逆に奪われてしまったという恨みがある。要するに恨みがこの事態を引き起こしたということだ。私達は内的柱として頼ってきた選ばれたという意識を、次元を上げた意識に変えなければならない。愛の減少感から恨みを抱くのではなく、愛の減少感をより高みに羽ばたく推進力としなければならない。み言葉の真意を受け取ろうとしてこそ見えてくるものがある。ある面兄弟が燃えていた時代、み言葉がわからなくても誇りと使命感で走れた。しかしそこに留まることが御父様の願いではない。より高みに羽ばたくためにも、今こそみ言葉の深みを掘り下げていかなければならない。深みを掘り下げて、新たな内的柱を用意しなければならない。

2011年10月17日月曜日

夫婦として輝く

店から帰ってアパートの部屋のドアを開けるとき、ワンクッション置くのが習慣になった。部屋に入れば店の書類の箱が山積みされていて、その奥のソファーに毛布に包まった妻が転寝(うたたね)している。私がこのドアを開ければ彼女は条件反射のように体を起こし、帰ってきた私に声をかける。病に臥すことなど想像も出来なかった状態から、あるとき急に体調の悪化を訴え日毎に悪化して体が壊れていく妻の様子を見せられてしまうと、日常を普通に送れる彼女がドアの向こうにいるという、ただそれだけのことが嬉しい。嬉しいけれどもその感情の中に、神様から念を押されることがある。ドアを開けてもそこに彼女を見ない情景を、あるとき必然として迎えなければならないことを、、。だからドアを開けて彼女を確認できたとき、今日もまたそこにいてくれたことに安堵して感謝し、しみじみと嬉しさが込み上げてくる。何事にも動ぜず、辛酸を嘗め尽くした観のある彼女の魂と、いつもびくびくしながら、初めて地上を体験するかのような私の魂。その違いの印象は、年齢差からくるものとは関係のない、お互いの背後の違いにある。もし彼女が背負わなければならないものを私が背負うとするならば、私は一瞬で音を上げてしまうだろう。どれだけ痛みが押し寄せてこようと引き受けて耐えて音を上げることもなければ、しかしその魂が神様に委ねて救いを求めることもない。妻が私を必要とする理由を、そして私が妻を必要とする理由を、今日まで関わり合って来て私は魂の領域で理解している。御父様によるめぐり合わせの妙味は、時を重ねれば重ねるほど味わい深いものがある。夫婦の感情を、その表面的なことだけに関わって紡(つむ)ごうとするなら好きだ嫌いだに終始するけれども、心魂の深みに関わって紡ぎだそうとする感情は家庭を大きく包み、社会や世界までも包み得るものとなる。連れ合いの下の世話をすることになっても、ボケが始まって表面的には関係性を変えることになっても、紡がれた夫婦の深い感情はその環境を越えて余りある。どちらかが先に骨を拾い拾われるその時でも、悲しさ寂しさを超えて余りある二人の感情の一体圏は永遠だ。

幸せを考える

幸せですかと問われて幸せですと答えられるだろうか。それだけではなく、更に幸せになりたいと目を輝かす私となっているだろうか。不平不満を抱かない兄弟はそれはそれで賛美に値するけれども、裏を返せば欲がない、更なる高みへの追及欲がないとも言える。人間は愛の減少感を感じて当然、いや感じるべきであって、だからこそ不平不満を覚えもする。最初から不平不満を抱かないことが褒められることではなく、不平不満を消化して、より高みに向かう推進力に変えてこそ褒められるべきだ。何の不平不満もなく今がとても幸せだという気分に包まれることで、私の人生は良好で神様に感謝もしていると思っているけれど、それは体の良い個人主義だと思わされることはないだろうか。欲が否定されるのはその欲が低次元に留まっているからであって、低次に向かう欲を高次に向かわせるべきで、欲を抑え込んで否定して終わるなら、その信仰は私が高みに羽ばたく精神の存在ではなく石になることを願っていると言うことだ。俗に言うところの幸せは、家庭の平安であり健康であり、満足な生活でありと言うようなイメージがあるが、それは表面的なものであって輪郭に過ぎない。輪郭に惑わされて幻想を追い求めていると、幸せの内容はもぬけの空だったと思い知るときがくる。み言葉だ御父様だと、真理を知り正しく御父様に出会うことも出来たと思っているけれど、我知らず都合よくみ言葉や御父様を利用しているだけなのかも知れない。私が思うところの幸せありきで、その私に合わせて納得させているだけで、正しく対象の位置でひとつになろうとはしていないのかも知れない。或る意味、御父様の要求はすさまじい。小さな幸せを抱く位置で満足したいのに、更なる犠牲を要求される。その意味は更なる欲を、天宙を欲するほどの高次の欲を持てということでもある。私が思う幸せの概念は打ち砕かれ、この家庭を犠牲にしても氏族を救い、国を立て、世界をも欲する、その過程や行動の中に幸せという概念は見出すものなのかも知れない。

2011年10月14日金曜日

世界経済について

1929年の秋、NY証券取引所で大暴落が起こり世界は恐慌へと突入した。紙幣は兌換(金に交換できる)だからこそ紙幣の価値があり価値の基準となるのであって、金の保有量を無視して好きなだけ政府が紙幣を刷ることなど考えもしなかったことだ。しかし膨張する経済にとって、この金本位制が足枷になる。金の保有量と紙幣をリンクさせる限られた資本だけではこの経済膨張に追いつかず、結果として流通は滞る。流通が滞れば仕事もなくなり失業率は天井知らずとなっていった。資本、労働、流通の循環が上手く回っていればこそ経済はなりたつし、経済循環が発展的スパイラルを描かなければ社会は経済の享受を得ることが出来ない。金本位制をやめて、円滑な循環を回らせ、経済成長のために国が自在に調整できるようにしたのが今のしくみだ。経済は昔も今も同じお金の遣り取りで表面的には変わっていないようでも、金がお金の背後価値だったものから国力がお金の背後価値、そして今は国を飛び越えて信用そのものがその背後価値となっている。ドルが基軸通貨になっているけれど実情は共通の通貨単位として用いられているに過ぎないのであって、アメリカがいくらでも輪転機を回せるアメリカのドルという意味合いは殆どなくなっている。国力が背後価値にあった当時はアメリカが自在に調整できたけれども、今はアメリカがドルの通貨量を増やせば途端にドルは売られて、血管に整理食塩水を大量に流し込むようにドル安が顕著になる。信用が膨らみすぎて、一国のGDPを遥かに超える通貨の流れが地球の表面を席巻している状況では、国の調整は不可能と言っていいだろう。FXに手を付けた者ならわかるが、個人ですら証拠金の25倍以上の為替の先物取引ができる世の中だ。巨大ファンドの先物取引で膨らみすぎてしまった信用をコントロールすることは不可能で、この地球をスッポリ包んでいる信用バブルがいつ破裂するのか戦々恐々としている状況だ。ギリシャや南欧の国々の破綻が心配されているけれど、その国やユーロ圏に留められて終息することなどありえない。地球規模のバブルが弾けることは既に確定されている。しかしそれでこそ新生経済が始動すると見てはいるが、リーマンショックが軽いジョブだったと思えるほどノックアウト級の打撃を遠からず迎えることになる。

2011年10月13日木曜日

妻との一こま

坂になっていると言われてそうかなと思うくらいで、殆ど平地に近い。月に一度の妻の血液検査の為に、ボルティモアのダウンタウンにあるメディカルセンターに行ってきた。パーキングのビルから採血オフィスまでは少し歩く。その短い傾斜のある道のりが彼女にはどうも苦痛らしい。強度の慢性貧血の為、上り坂だとか上りの階段とかとなると途端に足が重くなる。なるべく妻に歩調を合わせて配慮を見せようと努力しているつもりだけれど、あまりのカタツムリ歩行についつい言わなくていいことまで口にしてしまう。向かいから手押し車によっかかって足を進めている小柄な老婦人を見ながら、あれが必要だなと小声で言ってしまった。口にして即座に後悔した。案の定、妻はその言葉には敢えて反応を示さず、黙ったままだ。一瞬に垣間見た横顔が強張っているように見える。採血を終えるのを待ってオフィスを出ると、妻より先に歩を進めた。幾らか負債はあったが、こんな状況で並んで歩くのはやはり苦痛だった。しかしそのとき、彼女は予期しない行動を取った。駆け寄ってきて私の腕を掴むと、これくらいなら着いて歩けると、快活な声を背中にかけてきた。不意を突かれた驚きに戸惑いながらも、やはりありがたかった。自分に非があることは十分わかっていて、それでも謝らないだろうから暫く口をきかないことも覚悟していた。いつもは気恥ずかしくて手でも繋いでこようものなら即座に払うけれど、駐車場までの短い距離を腕を組んだように歩いた。その間、道行く人たちの視線が集中しているようで、不覚にも私の顔は上気してしまった。短い距離が随分長く感じられた。今の時世、アメリカのみならず日本だって老いも若きも腕ぐらい組んで歩くだろう。別に珍しくも何ともない。しかし自分がとなると、明治から平成の空間へ突然時間移動したようにうろたえた。私に取って一大変革の趣があった。誰にも言えず抱え込んでいた罪を告白したときのように、異なる空気を呼吸しているような新鮮な気持ちと、消え入りたい気持ちとが混在する不思議な空間だった。今にも降りそうな空模様なのに、何故かその空間は晴れ渡っていて、あの祝福式の、妻が手を私の腕に添えた時の空間と重複した。素直でない私はそれでも妻に一言いわずにはいられない。いい年して恥ずかしいだろう。

2011年10月11日火曜日

自由と平等

自由主義であり民主主義のひとつの弊害は、自由の意味の履き違えであり平等の履き違えだ。自由には責任が伴い責任のない自由はない。平等には義務が伴い義務のない平等はない。責任を取りたくないのならそれ相応の自由は放棄すべきであり、義務を回避するのならそれ相応の階級に下げられるべきだ。私達は自由と平等を当然のように社会に求めるけれど、負わねばならない責任と義務を考慮して求めるのではなく甘い部分だけを求めているのであって、その弊害は個人本人にも及び社会にも及んでいる。その利己主義的な自由意識、平等意識が、私達の内部にも侵入していることを無視すべきではないだろう。利己主義的な自由意識、平等意識と私達のあるべき絶対信仰、絶対愛、絶対服従とは相容れない。慣れ親しんでいる過去の自由平等概念を砕かなかったら、御父様と共にあって同じ道を進むことはできないだろう。再臨主だと言いながら、真の父母だと言いながら、進む角度を変えて違う世界を標榜しているかも知れない。我知らずみ言葉の解釈を都合よく変え、み言葉に一貫性がないことを指摘し、さらには自分が高い見渡せる位置にでも立ったかのように批判し始める。批判する自分こそを検証し悔い改めるべきなのに、自分を棚に上げ、自分の内面を照らす光を用意すべきなのに専ら批判の光を対象に向けている。外的社会は先んじて自由と平等の為の枠組みだけは用意されてはいるけれど、未だに抜け殻の自由と平等に占められている。内的主体であるべき我々に於いても、履き違えた偽りの自由と平等がいつのまにか闊歩し、責任を引き受け義務を全うする意志さえも陰っている。私達の自由と言えるものは信仰の自由、即ち神様を求め真の父母を求める自由だけであり、それぞれの心情の段階は異なるのであって御父様までの位階は厳然として存在するし、兄弟姉妹横一列で平等だとは言えない。ましてや自分の心情段階も把握できずに真の家庭をどうこう言い、誰それ構わず好きな事を言うのであれば、真の父母を口にするかつて存在しない別の悪魔が誕生したと言うことになる。

2011年10月9日日曜日

万物主管を考える

今日も目の前にこの肉体生命を維持する食物がある。それは自然の恵みとして被造万物から私に与えられたもの、それは万物の愛として私に流れてきたものだ。目の前には食物の他にお金がある。お金それ自体は食物ではないのでそのまま口にすることはできない。しかしお金は食物に交換できる。衣服や住まいの快適さにも交換できる。お金は人間の社会的生命を維持するために消費される。お金は社会の恵みとして私に与えられたもの、社会の愛として私に流れてきたものだ。しかし食物もお金も、肉体生命や社会的生命の外的な関わりだけに留められるなら、愛として流れてきたものに報いてはいない。食物やお金が声を発するのを聞いたことがあるだろうか。断食して食物のありがたさを痛切に感じて戴く断食明けの食物は声を発する。商売でもしてお金に対する苦労をとことん味わうと、お金が声を発するのを聞く。その声を聞けないうちは、私は食物やお金に対して外的な関わりだけに留めている。万物を心魂領域に関わらせ、さらに霊的なものに昇華させてこそ、万物は報われる。そのために私は万物にどう関わっていったらいいのかを問い続けなければならないし、学び続けなければならない。万物主管とは万物を外的なものから霊的な高みに届けることをいうのだと私は思っている。ことお金に関して言えば、いろんな人間の手を経ていろんな使われ方をして私の手元に届いている。受け取ると同時に明らかに恨みなどの堕落的な心魂要素にも関わろうとしている。このお金を開放するも貶めるも心魂存在である私にかかっている。発展させて用いる霊的感性を、知りもしない遥か彼方の次元に役立てようとするのではなく、手にして関わるものの本質を見届ける為に使われないなら、霊的存在である私が肉体を戴いて地上生活する意味は半減する。御父様から直接にお小遣いを戴いた兄弟であれば知っていることだけれど、御父様はピン札しか持っておられない。勿論、直接に金銭を受け取られることもない。愛は与えても情はかけないと言う、お父様の話された何かのみ言葉にあったのを覚えているけれど、流れて訪ねてきたお金にも御父様の立場で情をかければ霊的に複雑なことになるのだろう。お金には堕落人間に関わるのと同じ恐ろしさがある。食物をテーブルいっぱいに並べて好きなだけ食べなさいと言われれば食べるとしても、お金をテーブルの上に盛って好きなだけ取りなさいと言われて取る訳にはいかない。

2011年10月8日土曜日

今日の想い 366

私達が愛という言葉を想起したり口にするとき、世俗化され使いまわされた愛へのイメージが邪魔をして、イエス様が口にされる愛というイメージや御父様が口にされる真の愛としての愛のイメージへと到達できずに、愛ではないものまでも愛と呼んで受け入れてはいないだろうか。聖書も今でこそ愛と訳されてはいるが、キリシタン時代には愛と訳された箇所は御大切と訳されていた。愛という響きに欲に絡むものや感覚的なものへの衝動も受け取る多くの日本人にとっては、御大切という言葉の響きのほうがよりイエス様の愛に近いと思う。み言葉のなかに真の愛と言う言葉はそこかしこに出てくるが、真の愛という言葉は偽りの愛を踏まえて表象されたものだろうし、私の中で偽りの愛と真の愛をはっきり分別しなければならない。偽りの愛は自己を中心としたものであり、真の愛は自己を犠牲とし他の為に生きる愛だ。私達は御父様から内的霊的に多くの恵みを戴いてきた。私達はその恵みを真の愛で愛する力、為に生きる力に変えなければならない。しかし恵みを戴いて私に留めるなら、私は正しく為に生きる力として恵みを受け取ってはいないし、結果私はその恵みを実感することはないだろう。愛すれば愛するほど、為に生きれば為に生きるほど、より愛さなければならないより為に生きなければならないと言う、愛の負い目を覚える。愛の負い目が深ければ深いほど、そのマイナスに対してプラスである本人の受け取る愛も、愛する力もますます増加する。祝福を戴いたのはより為に生きる為であり、より為に生きてこそ祝福はその無限の価値を発揮する。残した結果を眺めて満足するのではなく、私の中の為に生きる力の増大するのを覚えて喜びとする者となる。

2011年10月7日金曜日

双十節


先日、同僚に誘われて双十節の記念パーティーに行ってきた。中華民国の建国記念で、旧駐米大使公邸のツインオークエステートという、中華民国にとっては歴史的建物の敷地内で、十数名の下院議員や駐米華僑三千人余りが招待されて行われた。双十節は武昌(現湖北省にある)区域で辛亥革命の発端である兵士の反乱が起こった日、その日1911年10月10日を建国の日として記念しており、今回で建国百年を迎える。敷地は広いが建物自体はそれほど大きなものではないので、ケータリング業者に大きなテントを敷地内に張らせて、立食形式で行われた。昨年はホテルのボールルームで行われ、大使館関係の日本人も数人は見受けられたが、今回は日本人には一人も出会わなかった。中国への政治的配慮もあってのことなのだろうか、歴史的にも民間レベルに於いても日本との深い関わりがある台湾なのに残念な気持ちがした。飲み食いで終わるのかと思ったがテント内のステージに照明が照らされ、二十代全般の女性十数人が中国の古典楽器だと思われる弦楽器や吹奏楽器をそれぞれに抱えて登場すると、誰の合図ともなくテンポのいい楽曲の出だしを見事に合わせて演奏し始め、パーティー会場は一気に活気付いた。後で聞くと、中華民国の親善大使として世界を演奏して周り、結構有名なようだった。演奏に歌を入れてみたり舞踊を入れてみたりしながらの三、四十分の演奏を、駐米代表の挨拶や元副国務長官の祝辞を挟んで二回ほど行われた。挨拶や祝辞は短いもので、指して記すに値する程のことはないのだが、色を添える為の彼女達の演奏からは、中華旋律の独特な調べに華僑達や台湾人の歴史的感情が流れてきて、彼らの想いが胸に伝わってきた。台湾は親日の人達が多い。アメリカに移住している華僑の人達の多くは、本人が日本で学んでいたり、親や親戚が日本に住んでいたりと、何らかの形で日本と深い縁を持っている。マネージャーとして長く働いている台湾人の同僚も父親は日本人だったし、日本人の私の指示に対しては全面的に応えようとする。信頼を置いている彼らの想いを、日本の国としても日本人としても、決して軽く受け取るべきではないだろう。

2011年10月5日水曜日

今日の想い 365

今朝は久しぶりに晴れ渡り、昇る太陽が屋内に光を届ける。長い期間雨雲が空を覆っていたから気付かなかったけれど、知らないうちに太陽の昇る位置が随分南下している。夏の間は朝日であっても強い日差しを屋内に届けていたが、今日の日差しは明らかに柔らかく、手のひらを宛がうと表面が暖かなオレンジ色に滲む。主体から対象へ一方的に流れて届けられるときは、対象は受け身に徹して、受け取った真価を差出すことはない。しかし主体が対象から受け取る美を期待し始めると、対象は主体から受け取った真価を差出そうとする。夏の太陽の日差しのように、惜しげもなく一方的に愛し続けられ、与え続けられ、話し続けられる御父様であって、何の見返りも、そして成長した姿を私達に要求されることもなくここまで来たけれど、秋の彩(いろどり)や実りを万物が差出すように、御父様の子としての受け取った真価を差出す収穫の秋の時期にきている。結果を出すべきだという外的実績主義を貫き、使命感を全面に押し出してここまで来たには来たが、勿論それが間違いだったと言うのではなく、その条件を取っていただく事で内的霊的な実りを差し出す時期にきている。私達は今こそみ言葉とひとつになって内的霊的実りを差し出すべきだ。短期の実績に追われて来たから内的霊的なみ言葉とひとつになることを結果的に疎かにしてきて、語られるみ言葉の殆どが理解不能であることに何の焦りも覚えず、その状態を当たり前としている。訓読を通しながら霊人達と真摯に内的霊的交流をし、問いかけもし答えを導き出すこともする、そんな神霊溢れる統一人になるべきだ。今日の朝日を受けながらも、み言葉の愛の真理に貫かれた霊的活動を見出して熱い感嘆の声のひとつも挙げることができないなら、私は未だにみ言葉の本質のかけらも受け取れずに眠りに着いたままでいる。もし私の内面に、この身体を破裂させるほどの爆発的な熱いものを発生させることができれば、私は明らかに神様にとって無視できない存在になるだろう。

2011年10月4日火曜日

訓読会

死の門を潜った霊人達は本を読むことができない。人間が地上で本を手に取って読むと霊人達もその本を読み始める。人間は本を読むことで人間の思考内容を紡ぎ出す。その思考内容を霊人達は読むことができるのであって、直接本を手に取ることはできない。よく録音された御経を繰り返し流している家や場所があったりするけれども、先ずその場に人間がいることが前提であり、更にその人間が聴く耳をもっているかどうか、それを聴いて思考内容や感情内容として私の中に紡ぎ出されるものがあるかどうかが大切であり、御経やみ言葉を流したままでその場が清められるとは思わない方がいい。地上では田畑に穀物や野菜が実り、人間はそれを食べて物質的に生きている。霊界では霊的生命の為の霊的穀物や野菜は人間の思考内容、感情内容が田畑になっている。人間が起きて外的事柄に意識の殆どを費やしている場合は霊的田畑は用意されないが、意識を内面に向けるときや眠って無意識の状態にあるとき、霊人達は人間と言う霊的田畑に近寄ってきて人間が紡ぎ出した思考内容や感情内容を霊的糧として収穫する。しかし霊的田畑が用意されるのはその人間の理念によるのであり、その人間が霊魂の存在を否定して唯物思想に完全に帰依するなら、霊的田畑が用意されることはない。地上の日々の体験や経験を内的霊的にどう捉え、どう内面の光とし養分とするかで霊的田畑に実りとして実っていく。現代人の多くは外的事柄、物資的な遣り取りに終始して生活しているので、霊人達が霊的田畑に実る収穫は殆ど見出せないで落胆している。私達が行う訓読会がどれほど霊人達にとって重要なものであるか、その認識が深ければ訓読会のその場は参加している者のみならず、霊人達にとって渇きを癒す霊的オアシスであり、霊的血となり霊的肉となる収穫を得る場となっていく。霊界籍になった親族や知人、感化を受けた歴史上の人物へ想いを向け、その存在を意識的に対峙させて訓読すれば、その霊人も訓読する内容を注意深く追っている。

2011年10月1日土曜日

心情圏

み言葉とひとつになる。み言葉とひとつになってこそ新しい時代を生きることができる。今は既に新しい時代に突入している。新しい時代に、今まで当たり前としていた生活的全ての習慣、理由も根拠もなく捉えていた全ての認識基準、それでもって評価決定すべきものはひとつもない。先ずみ言葉とひとつになるという概念を私の中に組み入れる。み言葉とひとつになった私だけが生き残るのであって、み言葉とは相容れない、習慣化された思考、感情、意志にしがみつく私は新しい時代では焼き尽くされていく。私がひとつになるべきみ言葉の骨子が何かと言うと、愛を中心とした心情圏だ。愛を中心とした心情圏こそが私の再生した位置であり、私の存在基盤でもある。愛を中心とした心情圏の中で感情することを覚え、思考することを学び、そこで紡がれる意志は神様の願いに適った歩みを導き出す。その感情は神様が感情もし、その思考は神様が思考もし、その意志には神様の意志が現れる。人間は個人の心情圏を超えて家庭的心情圏を求め、家庭を超えて、氏族、民族、国家、世界、天宙、そして神様までの八段階の心情圏を求める。この八段階の心情圏が一つの地上、天上天国の球形を成す。この心情圏という言葉を理解するために御父様は磁場の説明をしておられる。私達はこの地球星に住んでいるけれども、南極、北極を中心として地球の球形的磁場が形成され、それで地球存在は維持されている。この磁場と同じようなものが心情圏であり、心情圏の段階的広がりは地球から太陽系、太陽系から銀河系というふうに広がっていく。家庭的心情圏(家庭的球形存在)には家庭的思考、感情、意志が家庭の中心である私の中に息衝くのであり、そして八段階全ての心情圏の完成をもって絶対的神様の絶対的思考、感情、意志を備え、それは神様の実体とも言える。御父様が八段階全ての心情圏を完成されたという意味を私なりにそう理解しているけれども、勝利された御父様のこの八段階の心情圏を、私が相続する相続権は、絶対信仰、絶対愛、絶対服従によっている。