2007年2月12日月曜日

傷害事件

かわいい顔立ちをしていた。いまいちの顔立ちの子の求人応募が多い中で目立った。インタビューをしてみても言動や態度がしっかりしている。フロアマネージャーも是非にと乗り気なのでパートだが雇うことにした。今思えば幾分引っかかるものもあった。職業的勘なのだが気にしなかった。客の受けはそれなりに良かった。誰にでも気軽に声を懸けるからほかの従業員も彼女とやりとりする回数は自ずと増える。相手によっては馴れ馴れしくなる。事件は三ヵ月後に起こる。従業員の内のひとりにおっとりした皿洗いがいた。彼に対してはなれなれしさが高じて軽い気持ちでからかったりしていたのだろう。平日のディナーシフトだった。アシスタントマネージャーから連絡が入った。興奮していて何を言っているのかわからない。早く来てくれというのは伝わったので買い物も取りやめて店に急いだ。裏口から入ると右手に女性のバスルームがある。扉は開けた状態で彼女は立っていた。鏡を通して見える彼女の顔面が膨れ上がっている。手からあふれていたティッシュは鮮血で染まっていた。彼女に声をかけるより先にホールに行ってみた。その皿洗いがふてくされた態度で突っ立っていたので事情は大体わかった。アシスタントマネージャーに事の成り行きを聞いたが殆ど把握していない。とにかくその彼が彼女の顔面をいきなり殴ったらしい。彼に聞こうとするが殆どしゃべらずスパニッシュで口ごもるだけなので全く要領を得ない。後ろに回りそこで初めて彼女に声をかけた。最初に手を出したのは彼女のほうらしい。いつも冗談交じりに彼を小突いていた。それが高じたのかあるいは彼の虫の居所がたまたま悪かったのか結果として傷害事件となった。彼女は割りと落ち着いていた。ポリスに連絡するからと言うと事を大きくしたくない様なことを口にして、止めた。しかし私自身それでも連絡して両者の言い分が記録されたほうが、いく所まで行った折に助けになるような気がした。がやめた。彼はイリーガルだ。やぶ蛇で店に火の粉がかかるかも知れないと咄嗟に思った。それよりも何よりも傷の手当てのほうを最優先しなければならない。救急につれていった。出血は殆ど止まっていたが鼻血がゆっくり流れるのを時折ふき取っていた。救急医は彼女の顔面をゆっくり押さえていきながら彼女に痛みのある箇所を確認していった。立ち上がるとレントゲンを取るからといって彼女を促し私は待合室で待つこととなった。私も幾分落ち着きを取り戻したがこれからの事を思うと気が重かった。小一時間たった後、彼女は重い足取りで出てきた。鼻に添え木をあてがえていた。鼻の骨が折れており整形手術が必要なことを告げた。あとは何も話そうとはしない。早く帰ってゆっくり休んだほうがいいとだけ伝え店の彼女の車の所まで送りそこで別れた。それから二月余りの後、次に彼女にあったのは裁判所の法廷の場である。事件の次の日、彼女からしばらく休む旨の連絡がフロアーマネージャーに入る。二週間ぐらいして知らないロイヤーから連絡がありFAXを送るので番号を教えてほしいとだけ連絡があり切れた。それからすぐにFAXが音を立て一面黒に白抜きの大きな文字でURGENTと送信され、それに続いて告訴する用意のあることとこちらのロイヤーにすぐ連絡するよう、責任者の連絡先を直ぐに知らせるよう送ってきた。客のロイヤーにこの手の専門ロイヤーを紹介してもらいそれから先が見えぬ苦痛の日々が始まるのだか、今思い出してもどういうプロセスを取って何をどうしたか良く覚えていない。結果的には彼の裁判で一年かそこらの執行猶予つきで慰謝料が結構な額だったと思う。店としての落ち度はなしとの事なきを得た。不安で怖くて悩みぬいた末あるとき心の変化が起こりそれからは自分でも不思議なほど気が楽になってひとつひとつこなしていった。そのときの内面の軌跡は”地獄を見る覚悟”に記してある。

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