2012年10月30日火曜日

時々当時を思い出す

九時を回っていたと思う。聖業を終えて降ろされた道路脇で待っていると、ヘッドライトが近付いてきた。その日の任地は町外れで、夜中滅多に車は通らない。回収の車かと思って目を凝らして見ていたが、どうも違うようだ。そのまま車が通過するのを道端に立ったまま遣り過ごそうとした。しかし接近したとき助手席に乗っている人が乗り出すようにして視線を私に投げかけた。しかし幾分速度は落としたようだがそのまま通り過ぎていった。テールランプを見送りながらも車の残像は脳裏にはっきりと残っていた。下半分が黒く塗りつぶされていた。パトカーだ。咄嗟に道路を離れ、民家が数件並んでいたそのひとつの裏手に回り込んだ。案の定、車はUターンして返ってきて、車をゆっくり移動させながら備え付けのサーチライトで暗闇を照らし出した。私は裏手に回りこむと、家の後ろに薪が積み上げられていて、私はちょうど家の壁と薪の間に隙間を見つけ、そこにはさまれるようにして身を隠した。車はしばらくの間、進めたりバックしたりしながら方々を照らし出していたが、息を殺してじっとしていると、そのうち諦めたようで行ってしまった。確実に去ったことを確認して、やっと胸を撫で下ろした。もし車から降りて本格的に探されたらすぐに見つかっただろう。別に悪事を働いているわけではないが、こんなことは過去既に経験済みで、あることないこと問い詰められ時間を奪われ、更には親にまで連絡が行って迷惑をかけることは分かりきっていた。回収時間を少し越えてしまったが、用心に用心して、暫くその物陰にじっとしていた。壁の上のほうには窓があり、カーテンの隙間から微かに光が漏れていた。緊張が引いて落ち着くと、家の中から漏れてくる音にも気付いた。テレビで歌番組でもやっているのだろう。軽快なリズムと共に若い娘の歌声が流れている。時々その合間に家族の語らいも聞こえてくる。楽しそうな家族の情景が見えるようだった。何も悪いことはしていないと分かっていても、悪事を働いているかのような自分の行動に気持ちは落ち込んだ。親への連絡を免れて安堵はしたけれども、警察から連絡があろうが無かろうが、今の今も普通の親の何倍も心配させ続けている事実は変わらない。親を救いたいと思ってこの道に飛び込んだけれども、こんな自分のやっていることが救いとどう関係するのだろうか。そう言うと随分まともに思えるが、本当はただただ逃げ出したかっただけだろう。もし鈍行を乗り継ぐとしても、今帰ると決めれば帰れる。そう発想したことをはっきりと覚えている。手持ちがいくらあるか計算もしたし、運賃も概算した。けれども、そうは思ったものの実行せず、結局遅れても回収してもらった。その時どう自分は思い直したのか、それは今は思い出せない。その頃は、復帰された初期の燃え上がっていた情熱も失せてしまって、燃え尽きてくすぶりかけていた頃だった。